たなごころ―[Berry's版(改)]
 結果。あの日から、無断欠勤を続けている笑実だが。喜多からも、箕波からも一切の連絡はない。当初から、箕浪は笑実を煙たがっていた。姿を見せなくなり、せいせいしているかもしれない。そう考えながらも。ふと、笑実は思い出す。
 悪戯をする子供のような笑顔を浮かべる箕浪を。言葉が過ぎたときに見せる、頼りない眸を。長い前髪に隠れた、あの綺麗な眸を。
 再度。小さく息を零したから。笑実は、新たに本を手にするため。足元に置いてあるキャスター付きの書箱へと手を伸ばした。視線も一緒に。

 ――どうしたことだろう。笑実は一瞬息を呑んだ。なぜなら。ここに居るはずのない箕波の姿が、笑実の視界に捉えたから。
 何故、ここに居るのか。口にすれば酷く簡単な言葉であるはずなのだが。笑実にはそれが出来なかった。眩暈を起こしそうなほどに、驚き、動揺していたから。
 それは、脚立に座っていたことすら、笑実を失念させてしまった。慌しく、その場で立ち上がろうとした笑実は、脚立の梯子から足を踏み外してしまう。瞬間、笑実は痛みを覚悟し、眸を閉じて全身を緊張させた。だが、予想した衝撃は訪れない。恐る恐る眸を開けば。
 まるでドラマの一場面のように。箕浪の両腕に、笑実は抱きかかえられていた。
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