狂奏曲~コンチェルト~

「まさか……」

 強姦に襲われたことがきっかけで失われたその頃の記憶。
 その中に、翼がいるの……?

『初めて会ったときから、ずっと好きだった』

 翼の言葉が脳裏をよぎった。

 私が忘れているだけで、私は翼に会っていた……?
 翼は、昔から私のことを知っていた?

 翼と初めて会ったときの事を思い返してみる。
 驚いた顔で、あの綺麗な青い瞳を見開いて私の名前を呼んだ翼。

 あんなに驚いたのは、私のことを知っていたから……?

 言いようのない不安が襲い、動悸が激しくなる。

 私が、翼を傷つけた……?
 もしも、翼がずっと昔から私のことを好きだったとして、それで私が彼のことを忘れてしまったとしたら……?

「そんな……」

 お兄ちゃんと親友だと言っていた翼。
 時々悲しそうな顔をしていた翼。

 もしかして、翼をあんな顔にしていたのは、私なの……?

 鉛を飲み込んだような衝撃が私を襲い、心が暗闇に支配される。
 言いようのない不安が私を蝕んで、頭が痛くなる。

「っ……」

 でも、そんなわけない。

「そんな、わけない」

 私は首を横に振った。
 自分に言い聞かせるように、そんなわけないと繰り返す。

 今が、幸せなんだ。
 翼と一緒にいられて幸せなんだから。

 不安になんかならなくていい。

 そう、信じたかった。




< 165 / 301 >

この作品をシェア

pagetop