麗しの彼を押し倒すとき。
「……凪?」
掴まれたままの手首が、お互いの体温を分け合って熱くなる。
何も言わず先に目を逸らしたのは凪だった。その視線は少しだけ移動して、やはり私のデコルテ辺りに留まる。
特別何かされているわけではないけれど、その艶っぽい視線と自由を奪われている片手に、カッと顔に血液が集まった。
「な、なに……」
「じっとして」
動揺する私を一言で制し、さらに掴んでいた手に軽く力を入れられて身動きが取れなくなる。
そして追い詰めるように伸びてきた凪の手が私の鎖骨辺りに触れ……くすぐったくて変な声が出そうになった。
けれど触れたのはほんの一瞬で、すぐに離れると、「取れた」と軽く笑い混じりの声が聞こえた。
何が起きたのかわからないまま、掴まれていた手が解放されて自由になる。
呆然としながら凪を見上げると、軽く口元を上げて笑っていた。
「どうやって食べたら、こんなとこに米が落ちるわけ?」
「へ?」
「鎖骨。米の塊落ちてた」
「え、うそ!……んっ…」
油断していると次は唇に触れられて、凪が取ってくれたらしい米粒が口の中へと押し込まれる。
「……ふっ…ハムスターみたい」
もぐもぐと咀嚼すると、凪は綺麗な顔を崩し声を出して笑った。そして私の頭をくしゃりと撫でると、何でもなかったかのように椅子に座ってパンを食べ始めた。
私はこの一瞬でこんなにも緊張したのに、余裕な凪の姿が少しムカつく。それにこんなちょっとのことで、不覚にもドキドキしてしまった自分にも腹が立つ。
…ご飯粒こぼしてたなんて、全然気がつかなかったな。
私は色んな意味で真っ赤になった顔を隠すように俯くと、椅子に座ってもう一度おにぎりを食べ始めた。
波留くんたちはグラタンパンに夢中なようで、私の異変に気付いてはいない。それだけが、不幸中の幸いのように思えた。