麗しの彼を押し倒すとき。


「……そういえば、昔柚季からもらったバレンタインのクッキー、ぼそぼそだったな」


私の包丁の扱いを思い出したのか、椿がさらりと口にした。


いつもは無駄にやかましいのに、こういう時だけ珍しく静かだから嫌になる。

パチパチと炭の弾ける音以外、他の雑音がない今、何気無く発した椿の言葉はこの場の全員に届いただろう。


「ひっど!あの時美味しいって食べてくれたじゃん!」


小さい頃バレンタインで必死に作ったクッキーを、友チョコとしてみんなに配ったことを思い出す。



「そういえばそんなことあったな」

「あー!あの口の水分一滴残らず奪われるクッキーね」

「あぁ…砂漠クッキーか」


椿の一言で思い出したのか、それぞれ容赦無く過去の私の失敗を楽しそうに語り出す。


砂漠クッキーって……あれそんなに不味かったんだ。

9年経ってからこうして彼らの本音を聞かされるとは、思いもしなかった。


「お前ら、さっきから柚季のこといじめすぎ」


しばらくして私に助け舟を出してくれたのは他でもない、優しい梓くんだった。


あの頃、私は幼なじみだけじゃなく、お兄ちゃんや大好きだった梓くんにもクッキーを渡していた。……ということは、彼はあの砂漠のクッキーの味を知っているのだ。

知っていてもなお、こんな優しい言葉で私を救ってくれるなんて、嘘でも嬉しかった。

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