麗しの彼を押し倒すとき。


背中がすーっと冷えて、メロンパンを持つ手に冷や汗が滲む。


叫んでも仕方ない、叫んでも仕方ない。

もう時間は戻らないんだ、だから叫んだって仕方ない。


そう呪文のように自分に言い聞かせ、叫んでしまいたい欲求をどうにか抑える。



「大丈夫よ。私サボりとかそんなの全然気にしないから」


それが内心焦っている私を落ち着かせる為の、優しさだったのかはわからない。

けれどどこか呑気に聞こえるその声に、思わず抑えてた叫びが漏れてしまいそうだった。


転校初日早々にエスケープ。

転校生は女子高から来た問題児。


……なんて最悪なキャッチコピーだ。


呑気にメロンパンなんて食べてる場合じゃなかった。



「どうしよう……」


後悔しても時間は戻ってこないのに、思いつくのは “神様、時間を戻して下さい” と神頼みだけ。



「まぁいいじゃない。どうせもう6限目も始まっちゃってるわよ?」


養護教諭といえど、仮にも教師の端くれとは思えないことを桃子先生が口にする。

だけど普段なら悪魔の囁きに聞こえるそれも、今の私には救いの言葉に聞こえてしまうから不思議だ。


それに、5限目をすっぽかしてしまったため、今から6限目の授業を途中出席するのも物凄く注目されそうで耐えられない。

この学校に来てから何かと人の視線を感じていたため、保健室はとてもリラックス出来る空間になっていた。


……この際なんだかどーでもいいかも。


開き直ってそう思うと、随分楽になるような気がした。

< 77 / 162 >

この作品をシェア

pagetop