鐘つき聖堂の魔女
そして清潔な布で水をよく拭き取った後に傷薬を塗った。
途中、何度か少女の顔が痛みに歪んだが、体に力を入れ逃げ腰になりながらもよく耐えた。
「はい、終わりよ。よく頑張ったわね」
大袈裟だったかもしれないが、傷が残ると可哀想だったので最後に包帯を巻いた。
少女の手を引いて立ち上がらせると、少女はちらちらとリーシャの顔を見上げる。
困ったように眉尻を下げ、躊躇うそぶりを何度か見せた後、意地でもしゃべるかと結ばれていた唇が小さく開く。
「……ありがとう」
かろうじて耳に届く程度の声だったが、リーシャの耳には確かに届いた。
その丸い瞳たるや本当に愛らしい子猫のようで、リーシャは撫でまわしたい気持ちでいっぱいだった。
だが、そんなことをしたら最後、また全身の毛を逆立てて威嚇され、一目散に逃げていくに違いないと容易に分かったため、涙をのむ。
「ぶつかってごめんなさいね。気を付けて帰るのよ」
リーシャの忠告に少女は素直に頷き、大通りの人ごみに消えて行った。
(なんだか不思議な子…けどどこかで見たことあるような…)
記憶をたどって少女の面影を追っていた時だった。
「ありゃ、ルブタ劇団の役者じゃねぇか。まだモリアにいたのか」
「ルブタ劇団!?」
割って入ってきた店主がサラリと零した言葉にリーシャは耳を疑う。
しかし、ふとリーシャの記憶の中に先日の演目で舞台に上がっていた町娘の姿が浮かび上がった。
髪は鬘なので当てにはならないが、背格好はちょうど少女と重なる。
だが、リーシャは舞台上の快活な町娘とあの人見知りで物静かな少女が同一人物だと信じられなかった。