鐘つき聖堂の魔女
ライルはそんなことを考えながらいつの間にかたどり着いた飲み屋の扉を押す。
真鍮製のドアベルが美しい音色を立て扉が開くと、開店前の薄暗い店内がライルの目に入る。
店内に足を踏み入れ、扉を閉めると、すぐそばに人の気配を感じた。
「ライル様」
「ドナか」
不意に横から聞こえた声にライルはそれが誰だと問うまでもなく部下の名を口にした。
ドナと呼ばれた女はすぐさまライルの前に移動して膝をつき、頭を下げる。
「ご無事で何よりでした」
平身低頭を取るさまは生真面目なドナの性格を表しているかのようだ。
「やっと来たか。そいつお前が来るまでずっとそこにいたんだぜ?辛気臭い顔で入口に立たれちゃ客が逃げちまう」
呆れた声色でそういうのは工作員として長年ドルネイ帝国に住み着いている者の一人であり、飲み屋の店主でもあるヒュクスだ。
齢三十という若さであるが、無精髭を生やし、煙草をくわえて白煙を漂わせていると年齢よりも老けて見える。
外見から失礼極まりないヒュクスにドナは顔を上げて睨みつける。
「貴様…ライル様に向かって“お前”とは!立場をわきまえろ」
「立場をわきまえるのはお前だ、ドナ。ここはドルネイ帝国、俺はヒュクスさんに世話になっている下働きの一般市民ということになっているんだぞ」
「そういうことだ」
ドナを静かに窘めたライルに便乗するように得意げな顔をするヒュクス。