鐘つき聖堂の魔女
何とかしてくれとばかりに寄越される視線にライルは溜息をひとつ吐いて口を開く。
「そう気を負うな。索敵魔法を痕跡ごと消すのには多少負担がかかったが、寝込んだといってもせいぜい一日だけだ」
「そうですか。あの時は私たちを逃がすために無茶をなさったのではないかと心配していたのですが、大事なくて良かったです」
正直なところ一日で治ったのはリーシャの献身的な看病のおかげだった。
焼けただれていた右腕の傷に塗り薬を塗り、包帯を巻いてくれ、意識はもうろうとしていたが、夜中何度か起きて汗を拭いてくれたことも薄っすらと覚えている。
しかし、このことをドナにいうと色々と面倒であるため伏せておくことにした。
「この一週間つけられている様子もないですし、私たちは無事入国できたのでしょうか」
「街に警戒態勢が敷かれていない以上、俺たちが密入国したことが明るみになったとは考えにくい。少なくとも面は割れていないはずだ」
「うちに来る憲兵もここ一週間は変わった様子はないと話していたし、警戒態勢が引かれていたとしたら毎日あの緩みきった馬鹿顔でここに飲みには来ないだろ」
ヒュクスは鍋の中身をかき回しながら呑気にそういった。
「お前らネイアノール側から入ったんだろ?憲兵は獣人と勘違いしたんじゃないか?」
「獣人?」
訝しげな表情をしたドナにヒュクスは得意げな顔をして答える。
「ネイアノールとドルネイの国境付近の森に棲んでいる人と獣の半獣だ。奴らが索敵魔法に引っかかることも少なくないからな。おおかた今回もまた獣人だと思ったんだろうよ」
「なるほど…」
ドナは今日初めてヒュクスの話を素直に受け入れた。