恋人たちのパンドラ【完】
***

壮介はバスルームに入るとすぐに、熱いシャワーを浴びた。

俯いて頭からシャワーを浴びると、前髪から水滴がぼたぼたと滴り落ちた。

握りこぶしを作り、壁を『ドンッ』という大きな音を立てて殴った。

(くそっ!どうしろって言うんだ)

壮介は自分の胸の内にあるやり場のない思いにさいなまれていた。

自分が呼び出したにも関わらず、ドアを開けて悠里が現れた瞬間、壮介の身体を支配したのは怒りではなく甘い痺れだった。

9年前にはほとんどしていなかった化粧をしているだけで、悠里は9年前と何も変わっていなかった。

肩口までの明るい柔らかなボブスタイル。9年前の壮介は自らの手で、その髪を何度梳いただろうか。

透明感のある色白の肌に口紅を塗らずとも赤くプックリとした唇を何度指でなぞり、そっと口づけしただろうか。

思い出すのは、辛い別れの記憶でなく、切なくも甘美な思い出ばかりだった。
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