かえるのおじさま
もともとが美也子はこの手の生き物に嫌悪が無い。
手元において愛育しようというマニアックな癖はさすがに持ち合わせていないが、水槽越しに対面してもどうとも思わないのである。

……ああ、むかし付き合った男の前で『演技』したことがあったっけ。

水族館デートでサンショウウオを見つけた男は、からかう気に満ち溢れた声で美也子を呼んだ。

『なあ、これ、どう?』

若かったから、その場の雰囲気に乗っておくのも付き合いのうちだと思った。

『や~あ。きもちわる~い』

『もうちょっと近づいてみようぜ』

『やだやだ、こわーい』

浮かれた声を出しながらも、水槽の中に静かに沈む大きな生き物と目が合った。

小さな、無感情な目が……責めている。

男の歓心を買うために物言わぬ生物を貶める、さもしい心さえ見抜かれているようで、美也子は自分が急速に冷えて行くのを感じたものだ。

あれきり、二度と、男に媚びるようなことはしていない……。
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