かえるのおじさま
“名コメディアンとして名を馳せた彼がなぜ舞台を離れたのか、なぜこんな小さな旅座で屋台仕事などしているのか、それを語るには彼が養子としてここに来た経緯から話さなくてはならない。”


書物の一節から目を上げて、美也子は座長の表情を確かめる。

覚えなくてはならない基本文字は58種。
それも表音文字であるため、表意文字は追々に覚えていかなくてはならないだろう。

大体が移動中の家族馬車は、お世辞にも勉強向きの環境とは言えない。
なにしろ馬車はがたがたと揺れる。

それに、隣で書き取りをさせられている座長の息子は、ふて腐れているし、その妹は美也子にぺったりと張り付いて甘えているのだから、集中力を削がれる。

それでも何とか序文を読み解き、読み上げた美也子の頭を、座長はぺったりとした掌で撫でてくれた。

「あんたは、頑張り屋だねえ」

裏表なく心底からの言葉だ。
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