かえるのおじさま
舞台の上に本物の愚者を上げても、道化とはなりえないのである。

笑いの演者に要求されるのは観客の呼吸を読む能力だ。

笑いを求められているポイントへ、的確なボケを落とし込む間合いの良さは、むしろ気遣いに通ずる。
誰の都合も考えずに喚くような子供は道化には不適格だとされるのだ。

それに、客層にあわせてふさわしい話題を振る賢さも必要だろう。
年寄りばかりの小屋でウケた話題を子供相手の舞台でそのまま演じても、ネタへの共感は得られない。
だから、広くネタを仕入れるために、貪欲な学習意欲が必須となる。

むしろ真面目で気遣いが出来る性質のほうが、道化向きなのである。

他にも、粘着質で大げさな演技力、受けの悪い話題を切り捨てる決断力、その上で咄嗟に舞台を構成しなおす柔軟性など、求められるところは多い。
だが一番求められるのは、ウケをとることに全力を注ぐひたむきな姿勢であろう。

悲しみを知る子供は、周囲の望みどおりの姿を装おうとするものだ。

それは親から与えられなかった愛の代償を求め、周囲に愛される存在として生きてゆくための哀しい処世術である。

だからこそ本来の賢さを押し隠し、愚者を演じることにひたむきな情熱を注ぐ。

むしろ笑われることこそが存在意義であるかのように。
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