水没ワンダーランド
「ごめんよ、なち」

猫の口周りのようにべったりと汚れてしまった那智の制服を見て、猫がうつむく。


しょんぼりとした猫を見て、那智はフッと微笑んでから猫に掌低をくらわせた。



「…いたい」



バスタブに被せてある風呂フタの上に体育座りする猫は(190cm以上の男が座っているにも関わらずなぜフタが抜けないのかが不思議だったが)、

殴られた反動でぐるぐる回転する頭を押さえて呟いた。



狭い浴室兼洗面所で、制服を水につける。

那智は干していた制服のシャツに袖を通す。
そして猫の着ているTシャツに目をやった。


さっきは暗くて分からなかったが、モノクロの縞々模様の長袖の上に重ね着された赤いTシャツには明朝体でデカデカと「雑魚」とプリントされている。


「……なんだよ、その趣味の悪いTシャツは」

「那智の部屋にあったんだよー」

「ねーよ!!そんなTシャツ!!つーか誰もそんなの買わねえよ!」

「かっこいいと思ったけどな」



猫はどこから仕入れたのか不明のTシャツのすそを引っ張り、残念そうに言う。

クイーンも相当、奇妙な奴だったが会話がまるで噛み合わない分、クイーンの方がマシに思えた。


那智は再三、ため息を吐く。




「で、俺はどうすりゃいいんだよ」

「何が?」

「アハハハハ……ぶっとばすぞ!!」

「ああ、うん。約束のことね。わかった、わかったからぶっとばさないで」


(約束……クイーンも言ってたな…くそっ……なんなんだよ、約束って…)


猫が狭い場所で体育座りをしたまま、首を左右にゆらりゆらりと揺らせる。
これはこの猫が何か考えごとをする時の仕草のようだった。


やがて、猫が歌うような口調で首を揺らしたまま呟いた。

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