社内恋愛のススメ
「いらっしゃいませ。こちらへどうぞ。」
「はい。」
「ご注文はお決まりですか?」
初老のマスターが1番隅のテーブルに案内して、そう聞いてくる。
フサフサの真っ白なヒゲ。
軽く整えられたそのヒゲは、見る人に穏やかな印象を与える。
まるで、亡くなったおじいちゃんみたい。
いつも小さな私と遊んでくれた、優しかった祖父。
ここのマスターは、おじいちゃんと似てるんだ。
雰囲気とか。
表情とか。
顔はそれほど似ていないのに、醸し出す空気の様なものが近い気がする。
おじいちゃんを思い起こさせてくれるから、私はついついこの店に寄ってしまうのかもしれない。
「うーん、じゃあ、ラテがいいな。マスターが淹れたラテ、すごく好きなんです。」
「はい、かしこまりました。」
柔らかな微笑みを浮かべ、マスターがカウンターの奥へと消えていく。
しばらくして、マスターが私の好きなカフェラテを運んできてくれて。
私はゆっくりと、ラテを口にして目を閉じた。
目を閉じて、すぐに浮かんだ人。
闇の中に浮かんだ、あの人の影。
(上条さん、来てくれるかな………。)
どうしても、話がしたい。
今日、話がしたい。
今日でないと、せっかくの決心が揺らいでしまいそうだから。
死ぬ気で決めた心が、崩れ落ちてしまいそうだから。
思えば、一方的な約束だ。
メールの返信もない。
上条さんが来てくれる保証なんて、どこにもない。
メールの返信がないのは、忙しいからなのだろうか。
それとも、文香さんのことを考えて、返信をしなかったのだろうか。
時計の針は、午後6時。
会社を出てから、1時間近く。