社内恋愛のススメ
忘れるはずがない。
分からないはずがない。
ずっと聞きたかった声。
もう聞くことさえないと思っていた声を、忘れるはずがない。
(う、そだ………。)
嘘だ。
嘘だ。
嘘に決まってる。
おかしいじゃない。
彼が、ここにいる訳ない。
ここにいる人間じゃない。
必死に否定しようとする頭。
それなのに、もうどこかで確信している。
ドクンと、心臓が大きな音を立てて跳ねた。
「あ、今日、本社からこちらに異動して来た長友ですけど………。」
はっきり聞こえた、彼の名前。
今でも大好きな、彼の名前。
長友という名前に、力が抜けていく。
私の手が滑り落ちる様に、通勤用のバッグが離れていく。
バサバサと、バッグの中身がロビーの床に散らばっていくのが、視界の端に映る。
「お話は伺っています。エレベーターで3階に行ってもらえますか?」
「3階ですね。」
「はい。そちらで、担当の者が待っておりますので。」
私なんかよりも、ずっと可愛らしい。
クリクリの大きな瞳の彼女が、細い手で私のいる方向を指し示す。
「………っ、あ………。」
「………。」
私と長友くんの視線が、1年2ヶ月ぶりに合った瞬間だった。
長友くんの目が、私を捉える。
私の目が、長友くんの姿を捉える。
懐かしくて。
涙が出るほど、懐かしくて。
逸らそうと思えばいつだって逸らせるのに、そうすることが出来ない。
固まってしまったみたいに、長友くんから目が離せない。
時間が止まる。
私と長友くんの間でだけ、流れる時が止まってしまう。
砂時計を空中で水平にした様に、流れ落ちていくはずの砂が動きを止めた。
(どう………し………てよ………。)
どうして、長友くんがここにいるの?
こんな場所にいるの?
長友くんは、ずっと本社で働いていたはずだ。
入社してから、1度も本社を離れたことがない。
そんな彼が、こんな場所にいる。
本社からは遠く離れた、北の大地にいる。