社内恋愛のススメ



「………。」

「ねえ、仁さん………。」

「………、綺麗だよ、文香。」


ああ、なんて中身のない言葉なんだろう。

心のない言葉なんだろう。


一緒にいたいのは、彼女じゃない。

今、目の前にいる文香ではない。



ショートカットで、ボーイッシュで。

誰よりも、仕事に前向きで。


僕だけに見せてくれる笑顔が、とびっきり可愛い女の子。



一緒にいたいのは。

これからも、ともに歩いていきたいと思うのは。


社長の娘なんかじゃない。

普通の女の子。



実和だけだ。

あの子だけなんだ。


それなのに、どうして選べなかったのだろう。


彼女の手を離してしまったのだろう。



諦められない恋心を捨てられないまま、結婚式当日を迎えていた。







青。

赤。

黄。


様々な色が作り出す、ガラスの中の世界。



ステンドグラスが印象的な教会で、僕は式を挙げた。

神の前で、偽りの誓いを立てた。


どうとも思っていない、隣にいる女と未来を誓った。



教会の中には、たくさんの参列者の姿が見える。


見知った顔。

学生時代の友人に、会社の人間。


真っ赤な絨毯の先に、彼女の姿が見えた。



誰よりも、愛しい彼女。

未来の妻となる女よりも、愛おしい彼女。


僕が、本当に未来を誓いたかった彼女がいる。


その隣には、見覚えのある男が1人。




長友 千尋。

実和の同期の、あの男だ。


僕から実和を奪った、世界で1番憎い男。



僕に別れを告げた彼女は、しばらくしてから身近にいるあの男と付き合い始めた。


よりによって、僕の知る男。

同じ企画部の人間と付き合い始めた。



元から、あの2人は仲が良かった。


同期入社で、デスクも隣で。

僕がアメリカに行っている間も、あの男はずっと実和の隣にいたのだから。



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