社内恋愛のススメ



「健やかなる時も病める時も、小倉 文香を妻とし、一生をともにすると誓いますか?」


偽りの誓い。


僕は隣に立つ妻を、これっぽっちも愛してなんかいない。

好きですら、ない。


それなのに、言葉だけは誓えるんだ。

偽りの愛を。



「はい。」


純白のヴェールを上げて、妻にキスをする。

愛してもいない女に、口づけをする。


交わすキスも、僕にとっては意味がないもの。



この瞬間、僕は既婚者の仲間入りを果たしてしまった。



ああ、なんて意味のない誓い。


意味のない誓いを立てても、虚しくなるだけ。

心が貧しくなるだけだ。


僕は、あの子を愛しているのに。

僕が好きだと思うのは、実和だけなのに。



妻になったのは、別の女性。

愛している女とは、別の女。


この結婚の意味が、たまに分からなくなる。



出世して、何になるのだろう。

愛した人を捨ててまで、この結婚を選んだけれど………分からなくなるんだ。


ここまでする必要があったのか。

別の道があったんじゃないのか。


可能性を未だに探っているなんて、僕はバカだ。

本物のバカだな。










結婚式が終わった後、和装の羽織袴を着替えようとしていた時だった。


水色のワンピース。

小さな背の彼女を見つけたのは。



ウキウキとした様子で、こちらに近付いてくる彼女。


僕の愛しい実和。

僕の実和。



何が、そんなに楽しいの?

僕は、何も楽しくないよ。


愛した男の結婚式。

浮かれている理由は、何だ?



僕は結婚したのに。

君の目の前で、結婚式を挙げたのに。


君は、何も思わないのか。

何も考えないのか。


それだけの存在だったのか。

君にとっての、僕は。



彼女の着ているワンピースが揺れる。



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