社内恋愛のススメ
仕方ないとばかりに、そう呟く。
聞きたくない。
聞きたくない。
心がそう願っても、現実は残酷。
同じフロアにいれば、声が聞こえてしまう。
聞きたくなくても、耳に入ってしまう。
聞きたくないのに。
一瞬たりとも、耳に入って欲しくないのに。
耳を塞いでしまいたい。
何も聞こえない様に、この耳を取ってしまいたい。
2人のやり取りを黙って見ていた部長が、ようやく口を開いた。
「上条くん、紹介してくれるかな?」
ゴホンとわざとらしく咳払いをして、部長がそう言う。
部長も、面識がないらしい。
面識があるなら、既に気付いているはず。
部長に答えたのは、彼女の方だった。
「私、小倉 文香【オグラ アヤカ】と申します。こんな場所まで押しかけてしまって、申し訳ありません………。」
先ほどとは打って変わって、凛とした声音でそう答えた彼女。
甘えた声を奥へと隠し、スッと背筋を伸ばして立っている。
見れば見るほど、普通の人とは違う人なのだと思う。
度胸があって。
自分に、自信があって。
自分の魅せ方を知っている。
補足するかの様に、彼女はこう付け足した。
「この度、上条 仁さんと婚約することになりました。」
婚約。
その言葉が耳に届いた瞬間、私の思考回路はあっさりと停止してしまった。
(そんな………。)
婚約というのは、結婚の約束をすること。
未来を誓い合うこと。
この先もずっと、その人の隣を歩いていくということ。