彼女のすべてを知らないけれど
すっかり、夜の景色。静かな住宅街に、俺の足音と猫の鳴き声が響いた。
ケンカでもしているのか、興奮している猫の声。夜には、けっこう耳に響く。
いつもなら見て見ぬフリして通りすぎるのに、今日この時ばかりは、立ち止まらずにいられなかった。
「あ……!」
さきほど、然と歩いている時に見かけたロシアンブルーが、三匹の野良猫に囲ま れている。なわばりを侵されたと勘違いした野良猫達は、ロシアンブルーを痛め付けようとしているんだ。
ロシアンブルーは抵抗をあらわにして全身の毛を逆立てつつも、弱腰になっていた。ケンカするにしても、1対3では不利。
他所(よそ)の猫に深入りしないと決めていたけど、さすがに素通りはできなかった 。むしろ、好きで猫を飼っていた俺にとっては、ここであの猫を見捨てるなんて選択肢は論外、ともいえる。
「おい、やめろ……!」
俺が近付くと、野良猫は散り散りに逃げていった。ロシアンブルーだけが、一歩のけぞりつつその場に残る。野良猫達に囲まれていたのがよほど怖かったのか、ロシアンブルーは怯えるようにこっちの様子を伺った。
「お前、いつもケンカしかけられてんのか? 大変だな」
頭を撫でようとしたが、やはり、その猫を触ることができなかった。
「気をつけて帰れよっ」
迷いを振り切るように、俺は駆け足でアパートに戻った。