時間の本




それは、少女が中学生になった頃でした。幼なじみの少年が彼女に告白をしました。しかし、彼女の返事はノーでした。少女は、あの本を持つ郵便屋さんに想いを寄せていたのです。
それから暫くして、少女のおじいさんが目覚めぬ人となりました。重い病気だったのです。郵便屋さんが再び現れたのも、丁度、その時でした。病院の片隅で途方に暮れていた彼女を見て、彼はボロボロのアタッシュケースから一冊の本を取り出すと、こう言いました。

「この本はどの時間へも連れて行ってくれるんだ。さあ、君はどこへ行きたい?」

少女は答えました。

「おじいちゃんが生きていたほんの少し前の過去へ」

ページがパラパラと捲られていきます。変わっていく景色の中を、彼女は駆けました。変化が収まった頃、少女はとある病室の前に立っておりました。こんこん、とノックをして室内へ入ります。中には元気そうな彼女のおじいさんがいました。

「おやおや、どうしたんじゃ」

聞こえてくる優しい嗄れた声に、少女は泣きそうになりました。

「だいすきだよ。ありがとう」
「変な子じゃの。知っておるよ。おまえさんは優しい子だから」

少女は涙を拭うと病室から飛び出しました。男は、もう帰るかい、と聞きました。もう充分よ、と涙声が言いました。蝉時雨が煩い夏のことでした。


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