花蜜のまにまに

 幸祐は苺一会の幽霊メンバーで、広告塔だった。

 以前、「コイツが居ると女の子のメンバーが増えるからさ」という理由で、新入生の勧誘会に駆りだされていたくらい。普段は飲み会にだって「面倒臭い」という理由で行かない幸祐だったが、現部長の好井にも、そして去年の部長にも何故か幸祐は頭が上がらず、そういう時にだけ部長命令が発令されて無理矢理連れ出される。それくらい、幸祐は顔が良かった。

 だが、美希に『顔だけの男』と散々言わしめる幸祐だ。
 サークルに入っているのは、前部長に無理矢理引き入れられたからで、実際サークルにも興味は無く、サークル活動にも飲み会にも幸祐は参加しない。
 だから幸祐を広告塔にしていれば取り敢えず女の子のサークルメンバーは増えるけれど、幸祐目当ての子なんてすぐにこなくなってしまう。だから苺一会にはすごく幽霊部員が多い。

 部長の好井に言わせると、「まあそれはそれでいいんだよ。それこそ一期一会。サークルで出会いがあることとか、人が居る事が大事みたいな所あるから」ということらしいが。


 苺一会は「地域振興サークル」を謳っている、傍から見たらなんだかよく解らないサークルだった。ひかりはメンバーだし、サークル活動に結構参加している方だと思うけれど、それでも未だに「地域振興サークル」の意味は解らない。

 サークルの主な活動は、大学の近くの商店街で食べ歩きをしたり、そのレポートをサークルのサイトやフリーペーパーに載せたり、年に一回ある夏祭りの手伝いをしたり。『地域の人と仲良く、地元を盛り上げていきましょう!』というコンセプトで活動しているサークルだ。

 だからサークルの飲み会は、近所の個人経営の焼き鳥屋や中華料理屋でばかりやるし、土日だって結構駆りだされたりする。
 自然と商店街の人たちと仲良くなれたり、サークル内もわいわいと和やかで居心地が良い。
 幸祐目当てで入ったにしても、サークル活動自体も楽しいのだから、もっと皆参加したら良いのに、とひかりは思っている。

 それは幸祐にも再三言っているのだが、「俺はKnight catで地域振興してるからいいんだよ」と言われてまるで取り合ってもらえない。幸祐は余り口うるさく言われるのを嫌うから、そう言われてしまうとひかりもそれ以上強くは勧誘できないのだ。


 それに、幸祐がアルバイトしている『cafe Knight Cat』も大学の近くにある、昔ながらの雰囲気のある喫茶店で、そこも個人経営なのだから、Knight Catでバイトしているというのは確かに地域振興に繋がるのかもしれない、と幸祐の話に納得してしまっているのも、ひかりがそんな幸祐のちゃらんぽらんな理屈に深く突っ込めない理由の一つだった。


 ひかりが幸祐の彼女だったら、ひかりだってもう少し強く言ったのかもしれない。だけどひかりはその立場にはいなかった。

 ひかりは幸祐の『ペットの猫』だった。

 別に猫耳や尻尾があるわけではないし、至って普通の大学生だ。だけど幸祐のペットの猫、という立場。

 だから幸祐の行動や、考えに口出しする権利なんてひかりにはないのだ。同時に、責任も無い。彼女というのは、幸祐のためになる事や幸祐と自分の将来のことを考えて、恐らく最善に近い行動を取らせようと躍起にならなくてはいけないけれど、ひかりには「幸祐の為」だとか、そういう概念を持つ権利も責任も与えられていない。それはすごく楽な事だった。
 幸祐の膝に頭を乗せてごろごろと喉を慣らして甘えていれば良いし、幸祐の気の向くまま、可愛い可愛いと撫でられていればいい。

 実際、今は幸祐がそういう気分だったらしい。
 幸祐はひかりの薄くて優しい色のふわふわとした長いウェーブのかかった髪の毛を丁寧に撫でる。髪のウェーブは実は天然パーマだ。昔はそのうねうねとした髪が嫌いでしょうがなかったから、肩にかかるくらいの長さに切りそろえていたのだけれどそれでも髪があちこちに跳ねて相当嫌な思いをした。ダサいと思ったけど後ろで一括りにひっつめていた事もある。コンプレックスだった癖っ毛を、褒めてくれたのが幸祐だった。
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