ボレロ - 第二楽章 -


「葵ちゃん。こちらにいらしたのね」


「近衛のおばさま、ごぶさたしております」


「あちらで八木沢先生にお会いしましたの。

葵ちゃんもいらっしゃるとお聞きして、もう嬉しくて。みなさまお元気?」


「はい」


「お正月にね、あなたのお噂をしていたんですよ」


「私の?」


「えぇ。この人が、葵ちゃんを思い出したと急にいいだして、

今のお顔が想像できないと言いながら、思い出し笑いなんてするんですもの。

お目にかかる予感だったのかしら。

あの頃も可愛らしくていらしたけれど、いまはもっと素敵になられて。

ねぇ、宗さん、そう思うでしょう」


「えっ えぇ……」



ここで同意を求められては、いかにも彼女に特別な感情でもあるみたいではな

いか。

あからさまなお袋の行動に眉をひそめながらも、その場を立ち去るきっかけを

失った私は、ふたりの会話の相手をするはめになっていた。

静夏に逢いたいという彼女の願いに、どうぞ遊びにいらしてねと半ば強引に家へ

誘い、あまつさえ、「宗さん、あなたもいらっしゃいね」 と、抜かりなく念を

押してくる。

気がつくとお袋のペースで、八木沢先生にもご挨拶をしてらっしゃいとうなが

され、母親の言いなりの息子になっていた。 



「おばさま、明後日うかがいます。楽しみにしていますね」



八木沢葵を見送るお袋の目は、すっかり ”その気” になっている。



「宗さん、これがご縁というものですよ」 



こんな言葉を残し、至極満足げな顔で私のそばから離れていった。


はぁ……今日二度目の深呼吸をする。

宗はバカだと言い放った妹に反論していたが、これでは静夏の言ったとおりで

はないか。

静夏のしたり顔が見えるようだ。



「素敵な方ね」



いつの間にそばにきたのか、遠ざかった女性を目で追いながら何気ない問いか

けだった。



「どこにいたんだ。探したよ」


「タイミングが悪そうだったから隠れてたの」



いたずらっぽく理由を言う珠貴にごめんと謝り、機転を利かせてくれたことに

感謝した。

あの場で鉢合わせしても、まずいばかりだっただろう。



「いまの方、宗のお相手候補のお嬢さんね」



あまりにも図星でつくろう余裕さえなく、そうだよとあっさり認めた。

親しそうねといわれ、隠しごとをしたくない思いから、八木沢家とのかかわりを

話すことになった。



「八木沢先生のお嬢さんだったのね。それなら心配はいらないわよ」


「心配いらないって、どういうことだ」


「ここでは話しにくい内容なの……」



人目をはばかる話になるのだろう。

それでなくても今の珠貴は、先の事件の中心人物でもあり何かと注目されて

いる。

私と長い立ち話などしていたら、どんな風に勘ぐられることか。

このあと時間が取れないかと聞くと、今夜は無理だという。



「彼女に会う予定は? 親密なお付き合いが始まりそうな気配だったわね」


「よしてくれ。その気がないから困ってる。会うのは明後日。

その前に、君が知っていることを教えてほしい」


「明日のお昼なら時間が取れるけど……」


「わかった。明日の午後、『榊ホテル』 の俺の部屋で待ってる。

狩野には言っておく」



早口で告げると 「はい」 と短い返事があり、私たちはすぐに離れた。




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