ボレロ - 第二楽章 -
「静夏さんと仲がいいんですね」
「そう見えた?」
「私は兄も弟もいないので、羨ましいです」
部屋を出る前のやり取りを見ていたのだろう。
静夏は、潤一郎には穏やかに接するが、私には何かと突っかかることが多い。
向こうは言葉で攻めてくるが、強気の妹に言葉で勝てないこっちは、つい手が
でてしまう。
はたから見れば、こういうのも仲が良いということになるのだろうか。
「お庭、広いんですね。梅が綺麗」
「曽祖父の頃、いろんな種類を集めたらしいけど、
俺は木の名前もおぼつかない。
親父も似たようなものかな、手入れはもっぱら職人さん任せだよ」
「俺って言うんですね。初めて聞きました」
「そうだった?」
「私が知らない宗さんの姿って、いっぱいあるんでしょうね」
意味を読み取れない言葉を口にして、彼女は庭の奥へと先に歩き出した。
今日の訪問は、彼女にとって静夏に会うだけではないとわかっているはずだ。
お袋の無理のある誘い方といい、さっきの庭への促し方といい、気がつかない
ほうがどうかしている。
仕組まれた見合いのような場に招かれ、葵ちゃんもさぞ迷惑だろう。
彼女から断ってもらうためにも、どんな風に今の立場を聞かせてくれるのか、
彼女が話を切り出すまで待つつもりでいるが、庭の感想は述べるものの、他の
話題には一向に踏み込んでこない。
私が話を持ち出すのを待っているのだろうか。
彼女の背中を追いかけながら、珠貴が教えてくれた情報を反芻していた。
「八木沢先生の病気は重篤なのか」
「いえ、そこまで深刻では。
でも、一度倒れていらっしゃるので、次を用心なさるでしょう」
「倒れたって? 初耳だよ」
「”倒れました” なんて、弱点を口にする人はいないと思うけど。
国会議員の先生ならなおさらね」
「それはそうだが、世代交代を急ぐほどには急を要する状態なんだな」
「そういうことでしょうね。
昨日のパーティーの出席も、葵さんの披露も兼ねているはずよ。
みなさんは、お婿さん探しだと受け取っていらっしゃるようでしたけれど」
「婿が見つかる前に、八木沢先生の引退もありうるのか……」
どれほどお袋が熱心になったところで、八木沢家の事情がこうでは話は進まな
いだろう。
私へ降りかかった縁談はひとまず振り払えそうだが、八木沢葵を取り巻く環境は
厳しいようだ。
何とか力になってやりたいが、今の私の力ではどうにもならないものだった。
「わかった、助かったよ。これで明日は安心していられる」
「お役に立ててよかったわ。いつもあなたに助けられてばかりだったもの」
「そんなことはないよ。だけど、どうして君がそんなに八木沢家について
詳しいんだ。彼女と面識でもあるの?」
「ふふっ……」
「なんだよ」
「静夏ちゃんが教えてくださったのよ」
「はぁ? なんだってアイツが」
「宗はバカだって、あんなところであんなことを言うなんて、
考えられないでしょう……って、かなり怒ってたわよ。
でもね、泣きながら怒ってるの。お兄さま思いの妹さんね、羨ましいわ」
「アイツ、珠貴に泣きついたのか」
珠貴も羨ましいと言っていた、葵さんのおかれた立場は自分と同じだとも……
そうだ、八木沢家も姉妹だけだ、それも妹とはかなり歳が離れている。
もし父親が早急に引退となれば、年齢が達していない妹に被選挙権はなく、跡を
継ぐのは長女しかいない。
家のために犠牲になるという言い方はしたくないが、それに近いものを娘に強い
ることになる。
「葵さんが跡を継がれるなら、彼女のために、
ご両親はできるだけのことをなさるでしょうね」
珠貴の言葉が重く耳に残る。