ボレロ - 第二楽章 -



「……宗さん、ご存知ですよね」


「ごめん、聞こえなかった。なに?」



庭を見つめていた葵ちゃんに急に話しかけられ、とっさに聞き返した。



「父のこと、もうご存知ですね」



どう返事をすればいいのだろう。

病気であると知っていると言うべきなのか、それともほかの事を聞かれたの

か、 今の質問だけでは何を問われたのか断定できない。



「おばさまは父の病気をご存じないから、私を呼んでくださったんですね。

最初は、宗さんもご存じないのだと思ってました。だから……

もしかして、少しは望みがあるのかなって、身勝手なことを期待して」


「望みって? 何を期待したの? ごめん、俺にはわからないよ」
   


すみません、自分だけわかって話をしてと小さく頭を下げられ、謝られる理由も

わからず戸惑うばかりだったが、八木沢代議士の病気については、ある人から

聞いていたと認める返事をした。


座ろうかと促し、近くのベンチに腰を下ろし落ち着かせた。

木々を通り抜けた風は冷たく、頬にあたると痛いほどだったが、家の中でできる

話ではないと判断した。



「去年の夏でしたね、異臭事件の被害にあわれたの」


「葵ちゃんも記者会見を見たのか。

あれで全国に顔を売ったからね、俺も相当有名になったよ。 

婿にどうかって話も、ずいぶんもらった」


「そうでしょう、ウチの父もその一人でしたから」



冗談のつもりで言った話だったのに思わぬ返答がきて 「えっ」 と彼女の顔を

凝視した。



「偶然、両親と一緒に見てたんです。

そうしたら、記者会見に宗さんが出てらして、見事な対応で、 

私なんて、ただビックリするばかりで」


「あはは、それでお父さんに気に入られたんだ。

なんか演説が良かったらしいね。こっちは必死だったけどね」


「母が思い出したように、葵は宗おにいちゃんが大好きだったわね、

と言い出して、そうよと返事をしたので、それからテレビを見ながら懐かしい

話になりました。

父は黙って聞きながら何かを思ったのか、突然聞かれたんです。 

”近衛君をどう思うか、いまでも好きか” と……迷わず ”はい” 

と返事をしました」



真っ直ぐに見つめる目が偽りでないと言っていた。



「小さい頃、何気なく ”おにいちゃんが大好き 大きくなったら結婚する

の” って口にしたんです。

そしたら、おにいちゃんには婚約者がいるの、だからダメなのよと母が教えて

くれました。 

だからあきらめてたのに……」

 


あのときマスコミの興味から、私の現在の立場や、婚約解消した相手がいたこと

も報じられていた。

八木沢親子も期せずしてそれらを知ったのだろう。

だが、娘の気持ちを確かめた父親が、その通りに行動にでたというのか。

幼い頃の気持ちを、そのまま信じたというのか。



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