ボレロ - 第二楽章 -


近づきつつあった静夏の声が遠ざかっていく。

静夏に見つからなかったことに安堵しつつ、八木沢葵への返事を模索する。

曖昧な返事は許されない、自分の気持ちは決まっているのだから、そのまま伝

えればいいのだ。

彼女が期待する返事は用意できないのだから……と、わかっていながら迷いが

生じる。

傷つけずに気持ちを伝えるには、どうしたらいいのだろう。

 
冷え切った指先がジンジンとしびれ、無造作にポケットに突っ込んだ。

隣りに座る彼女も口元へ手をおき息を吹きかけている。

寒くなったね、部屋に入ろうかと聞いてみたが、大丈夫ですと言い首を振った

のは、ここで返事が欲しいという意思表示だろう。

午後の三時を過ぎたばかりだというのに、すでに日は傾き気温も下がり始めて

いた。

寒空の下で聞いた言葉は、あまりにも唐突で真っ直ぐなものだった。

真っ直ぐ伝えられた気持ちには、誠意で応えるだけだ。



「さっき、シャンタンで見かけた彼女のことを、親父に教えたって言ったね」


「おじさまもご存知だと思っていたので……本当にすみません」


「むしろ感謝したいくらいだよ。

交際している人がいると言い出せなくて困ってたんだ」


「……それが、宗さんの答えですか」


「うん」



ポケットから手をだして膝の上で指を組んだ。

寒風にさらされ手の甲が一気に冷えたが、ポケットに入れたままの格好で話す

ことではないと思った。

  

「心に入る場所はないのかって聞いたね」


「はい」


「不器用なたちでね、ひとつのことしかできないんだ」



言葉の意味がわからないといった顔をしていたが、すぐに思い当たった表情に

変わった。



「宗さんの心は、あの人だけの場所……」


「つなぐ手もひとつ、同時にふたつは無理だね。

転びそうになったら、支えられないだろう?」



それまで真剣に聞いていた顔がふいにほころんだが、目には薄っすらと涙が

にじんでいる。

気がつかない振りで話を続けた。



「宗さん、不器用ですね。両手でつなぐ人だっているのに」


「そういう人、尊敬するよ」



宗さんらしいわとつぶやき、ふぅっ……とため息をもらした。



「須藤さんとの出会いを、お聞きしてもいいですか」


「最初に会ったのは潤一郎の結婚式だったが、覚えているのは顔だけで、

そのあとずいぶんたってから、俺がパンクで立ち往生してるところに

彼女が行き合わせた。そこで拾われた」


「拾われたんですか?」


「お困りでしょうと声をかけられて、車に乗せられた。彼女に拾われたんだ」


「やだ、おかしい。ごめんなさい、ふふっ」



拾われた……の言葉が彼女の笑いを引き出したのか、にじんでいた涙をこぼし

ながら腰を折って笑いだした。

受けたショックを隠すように、大げさに笑う姿が切なかった。 



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