さよならの魔法



美術の授業があったあの日みたいに、水をわざと溢された訳じゃない。

殴られた訳でもない。


ちょっと、話をしているだけ。

ちょっと、席の周りを囲んでいるだけ。


そのちょっとのことが、私の心を圧迫している原因であるのは否めないけれど。



話をしている側は、そうかもしれない。

ちょっと話をしているだけ、と。


でも、話をされている側も同じだとは限らないのだ。



話をされている側も、話をしたいと思っているとは限らない。

好意的に、話を聞いているとは限らない。


その話に、その行為に、恐怖を感じているかもしれない。

嫌悪感を抱いているかもしれない。


それは、本人にしか分からないこと。



どう受け止めているかなんて、他の誰にも分からない。

私しか、知らない。


少なくとも、私は磯崎さんと話がしたいだなんて、これっぽっちも思っていない。



怯えた目が潤む。

抑えていた感情が、泉の様に溢れ出して止まらない。


今まで、誰もこのいじめに関わろうとしてくれた人なんていなかった。

加害者の側が増えることはあっても、私と同じ側になってくれる人なんていなかった。



1人だったんだ。

1人ぼっちだったんだ。


学校でも、家でも、私は常に1人だった。



橋野さんだって、分かっているはずだ。

私の側に立ってしまえば、自分がどうなるかを。


磯崎さんに歯向かえば、自分も同じ目に遭う。



私と同じ様に、いじめられてしまう。


あることないことを言われて。

上手くやっても、結局はいじめられて。


何をしたって、認められない。

どん底からは這い上がれない。



男子だったならば、それも少しは違うのだろう。


しかし、橋野さんは女の子。

磯崎さんや私と同じ、女の子だ。



< 109 / 499 >

この作品をシェア

pagetop