さよならの魔法



しかし、あいにく俺は、そこまで茜のことを愛してはいない。

そこまで、茜のことを好きになれなかった。


こんなに愛されていても、それを重荷に感じてしまう。

愛されれば愛されるほど、苦しくなる。


吊り合うことのない天秤は、傾いたまま。



茜の存在があるせいか。

それとも、俺が単にモテないせいか。


ハナからチョコレートをもらえるだなんて思っていなかったけれど、俺に近寄ろうとする女の子は茜の他には誰1人としていなかった。



自意識過剰なのだろうか。

思い込みなのだろうか。


茜が監視している気がしてならない。

他の女の子からガードしたいが為に、茜が俺の隣にいる気さえしてくるのだ。


気のせいだろうか。




俺に引っ付いている割に、茜本人からチョコレートを渡される気配もない。

こっちはその時がいつなのかと、緊張しているというのに。


その時。

別れを告げる時が、いつなのかと。



ああ、むしろ、その方がいいのかな。

気を遣わなくて済む。


別れを告げる時が訪れることだけは、それでも変わらないのだけれど。




「紺野ー、部活行くぞー。」


そう呼ぶのは、弓道部の仲間。

同じクラスに、同じ部活をやっている男子はたった1人だけ。


元々、弓道部はそれほど人気がある部という訳ではない。

人気のあるサッカー部や、伝統のある野球部。

メジャーな部ではないから、部員自体も少ないのだ。


1年の頃から隣で弓を引いてきた仲間に、大きな声で答える。



「おー、分かった。今、行くから!」


声が弾むのは、解放感からか。


やっと、茜の目が届かない場所に行ける。

茜の監視から離れて、自由になれる。


可愛い彼女から離れて喜んでいるなんて、もう末期症状じゃないか。



(………嫌なヤツだな、俺って。)


別れを望んでいて。

その時を、今か今かと待ちわびていて。


彼女と離れることを、寂しいとさえ思っていない。



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