さよならの魔法
他のことに熱中してしまえば、忘れられる。
先に待つ、嫌なこと。
下さなければならない決断も。
わずかな間だけでも、忘れていられる。
席を立ち、荷物を手にする。
歩き出そうとした、その時。
聞き覚えのある高い声が、俺の耳に届いた。
「天宮さーん!」
明らかに作ったものだと分かる、甲高い声。
耳障りだ。
そう感じてしまうのは、俺がこの声の主を心の中では軽蔑しているから。
磯崎 紗由里。
クラスの輪を乱す、ここ、2年1組の中心的人物。
うちのクラスの女子のボスだ。
このクラスで自分が1番上にいると、勘違いしている女。
自分が1番偉いのだと、思い込んでいる女。
俺が、苦手に思っている女だ。
(またかよ………。)
うんざりだ。
この声を聞くのも、この声に困らされる人を見るのも。
磯崎が、またやってる。
懲りずに、天宮に絡んでいる。
振り返らなくても、彼女の困っている顔が頭の中に浮かんだ。
ほんと、暇人なんだな。
あの女。
天宮に、いじめられる理由なんてない。
そもそも、理由があったとしても、誰かを傷付けていいはずがない。
暇を潰したいだけなんだ。
磯崎は、その道具としてしか、天宮のことを見ていない。
田舎で。
何の楽しみもない町。
俺は好きだけど、磯崎にとっては退屈なだけなのだろう。
だからこそ、人をいじめることで、そこに楽しみを見い出だしている。
困っている人を見て、自分の征服欲を満たしている。
なんて、寂しい人間なのだろう。
なんて、悲しい人間なのだろう。
(あー、気分悪い。)
周りがみんな、自分と同じだと思っているのか。
面白がって、この状況を眺めていると思っているのか。
自分と同じく、いじめで暇を潰していると思っているのか。
そうだとしたら、それこそ勘違いだ。