さよならの魔法



脳裏をよぎるのは、薄紅色に染まる景色。


淡いピンクが空に舞う。

小さな花びらが踊って、ヒラリヒラリと宙に舞う。



私の頭の中。

再生されているのは、去年の春の記憶。


桜の下に立つ、私の好きな人。

恋い焦がれて止まない彼の周りを、薄紅色の花びらが楽しげに舞っては落ちていく。



懐かしさを感じてしまうのは、どうしてだろうか。

たった、1年前。

それほど、前のことではないのに。


あの頃、まだ紺野くんの隣には誰もいなかった。

特定の女の子が、隣にいるということはなかった。



人が集まることは今と変わらないけれど、 紺野くんの周りにいることが多いのは同性の友達ばかり。


寄り添うあの子が、まだいなかった頃。

増渕さんが、紺野くんにとってクラスメイトでしかなかった頃。



あの頃は幸せだった。

今、思えば、とても幸せだったのかもしれない。


増渕さんの目を気にすることなく、紺野くんのことを見つめていられた。

影から、ひっそりと。


2人で並ぶ姿を見ることもなかった。

大好きな人の隣に、自分以外の別の誰かを見ることなんてなかった。


穏やかだった。

心は穏やかな海の様に、凪いでいた。



全てが上手くいっていた訳じゃない。


2年に進級してすぐに、私は磯崎さんの標的になっていた。

だけど、そのいじめだって、始めの頃はそこまで激しくはなかったのだ。



わざと、物を隠される。

机に、知らないうちに落書きをされる。


そんな、可愛らしいものだった。

今、されていることと比べてみれば。



いじめ。

それ以外で、悩みの種などなかった。


紺野くんのことだけを想って、切なくなることは今よりも圧倒的に少なかった。



純粋に。

ただ純粋に、好きでいられた。


彼が好き。

紺野くんのことが好き。


見つめていられるだけで、幸せな気持ちになれたんだ。



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