さよならの魔法
俺は、何かをしてあげられたのだろうか。
あの子の為に。
あの子が見せた涙が報われる様な何かを、してあげられたのだろうか。
俺の言葉は、磯崎にきちんと届いたのか。
磯崎の取り巻きだったヤツの心に、ちゃんと響いたのか。
自分が、それほど影響力のある人間だとは思っていない。
それでも、少しでも変えていける力があればいいと思う。
悪いことには、悪いと言える。
みんなの顔色ばかりを伺っていないで、自分の意見を言える。
当たり前の様であって、難しいこと。
自分の中の正義を貫くのは、想像しているよりもずっと難しい。
本当は、天宮の前で言ってあげたかったけれど。
悔いが残るのは、そのことだけ。
「おはようございます。さあ、ホームルームを始めるわよ。」
チャイムの音とともに、担任の佐藤先生がそう言いながら教室に現れる。
小脇に、クラス名簿を抱えて。
いつも通りの朝。
いつも通りの風景。
1つの空席があることですら、いつも通りと言えるのかもしれない。
「えーっと、今日の欠席者は…………いないみたいね。」
ポツンと空いた席を見もせずに、佐藤先生が笑顔でそう告げた。
嘘つきだ。
俺達の先生は。
欠席者は0じゃない。
分かっているのに、誰も欠席者はいないと言う。
空席が見えているはずなのに、見えていないフリをする。
知っているのだ。
分かっているのだ。
今日も、あの子がいないこと。
この教室に来ていないこと。
それなのに、見えないフリをする。
気が付かないフリをする。
これも、立派ないじめの1つなんじゃないかって、俺は思うんだ。
いじめをするのは、子供だけじゃない。
生徒だけじゃない。
先生だって、同じこと。
佐藤先生がやっていることは、磯崎がやっていることとあまり変わらないと思うのだ。
(変わらないよな、先生も…………磯崎と同じ。)