さよならの魔法
呪文みたいな言葉。
父親を呪うばかりの言葉。
こんなのを聞いていたら、頭がおかしくなる。
まともにずっと聞いていたら、精神的に壊れてしまいそうだ。
母親と娘。
ごく一般的な家庭ならば、同性の親子はとても仲がいいものなのだろう。
でもそれは、私にとってはテレビの中の世界。
本の中の世界。
一緒に買い物に出かけたり、学校でのことを話したりして。
腹を割って、何でも話せる関係。
だけど、うちは違う。
普通の家庭とうちは、全く違うのだ。
こんな両親に、何を話せるというのだろう。
すぐに怒るだけで、娘の話なんか何も聞いてくれない母親。
母親を避けて、家庭から遠ざかるだけの父親。
いじめを受けていたあの頃だって、両親にはいじめのことは何も話さなかった。
話せなかった。
言ったって、どうにもならない。
話して両親に何かをしてもらえるなんて、これっぽっちも考えたことがなかった。
お父さんのことは、嫌いじゃない。
離れていくお父さんを寂しく思うだけで、苦手ということもない。
ただ、お母さんだけは別。
自分のことしか頭にないこの人を、私はどうしても好きになれないままだった。
学校に行かなくちゃ。
早く、早く学校に。
紺野くんに会える学校に行きたい。
こんな所で母親の愚痴を聞いているくらいなら、学校に行く方がマシ。
友達はいなくても、紺野くんに会える。
話せなくても、顔を見ることが出来る。
ただ、一言。
「今日は早く学校に行かなくちゃいけないから、もう行くね………。」
そう嘘をついて、家を出た。
クリーニングに出したばかりの制服を着て、スニーカーを履いて家を出る。
早朝の空気は、まだわずかに冷たさを孕んでいる。
それがどこか心地良く、滲んでいた汗を適度に冷やしてくれた。
こんなにも清々しい気持ちになれるのは、どうしてだろう。