さよならの魔法
聞きたいことは、山ほどある。
どうして、俺のところを訪ねてきたのか。
昨日のあの態度は、一体何だったのか。
挙げていたら、キリがないほど。
今の茜に、昨日の覇気は見られなかった。
いつも明るい茜に宿る、黒い闇。
唇をキュッと噛み締め、俯いている。
目をどこか虚ろで、考え事をしている様な、遠い目をしている。
茜らしいか、茜らしくないか。
そう問われれば、それは間違いなく茜らしくないと俺は答えるだろう。
普段とは違うその様子が気になって、静かにこう聞いた。
「茜、どうした………?」
俺が案じる言葉を投げかけた瞬間、待ってましたとばかりに瞳が大きく揺らぐ。
ユラリと大きく揺れて、みるみるうちに溜まっていく涙は、今にも零れ落ちそうだった。
「ユウキ………。」
俺の名前を呟いて、顔を歪める茜。
悲しげな表情で茜が尋ねてきたのは、昨日のこと。
「き………昨日………」
「ん?」
「昨日、あれから………どうなったの?」
「え?」
「あれから、天宮さんには会えたの?」
茜の言葉で、時計の針が逆回転で回り始めていく。
クルクル、クルクルと。
時間が巻き戻して、俺を昨日の夜まで連れていく。
「嫌だよ………。行っちゃ、やだ………ユウキ………。」
松島の実家である店を出て、天宮を追いかけようとしていた俺。
待って。
待ってくれ、天宮。
もう1度だけ、言葉を。
ありがとうって、ちゃんと言いたいんだ。
俺はあの時、天宮のことしか考えてなかった。
先に帰ってしまった天宮に囚われていた俺は、茜のことを忘れていた。
引き止めたのは、茜だった。
追い詰められた様な目をした茜が、俺を止めたのだ。
「ごめん、茜。」
「ユウキ………。」
行かせてくれよ。
追いかけさせてくれよ。
お願いだから。
今日しかないんだ。