さよならの魔法



(………っ。)


周りの世界が消えていく。

私の世界が消えて、本の中の世界へと移り変わっていく。


この場所が静か過ぎるせいだろうか。

こんなにも、本の中の世界に感情移入してしまうのは。



投影してしまうのは、自分自身。


主人公の女の子が、私に。

初恋の男の子が、紺野くんに。


紺野くんは、私の幼なじみなんかじゃないのに。

そんなこと、あるはずがないのに。



現実の世界でも、本の中の世界でも結末は同じだ。


大好きな人。

その隣にいるのは、自分ではなくて。


初恋の男の子の隣にいるのは、自分ではない女の子。



増渕さんじゃないのに、増渕さんだと錯覚してしまう。


ああ、報われない。

本の中の世界でも、やっぱり私は結ばれることはない。



ズキンと痛む胸。

加速度を増して、締め上げていく痛み。


これは、現実じゃない。

本の中でのこと。



それなのに、胸が痛い。

張り裂けそうなほど、苦しい。


夏休み前の光景が、ふと頭の中をよぎった。








「ユウキ。」


増渕さんが、彼を呼ぶ。


いつの間にか、増渕さんが紺野くんを呼ぶ時の名前が変わっていた。



紺野くん。

紺野。


ユウキ。



いつの間にか変わっていた呼び名は、紺野くんの下の名前。

私が呼んだことのない、紺野くんの名前。


有樹という名前を、増渕さんは簡単に呼ぶ。



そのことが教えてくれるのは、2人の関係が先へ進んでいるということ。


もう、ただのクラスメイトじゃない。

増渕さんは、私と同じ立場なんかじゃないのだ。



最初は同じはずだった。

私と同じく、紺野くんと呼んでいたはずだった。


紺野くんと呼んでいたのが、紺野になって。

今では、ユウキと呼ぶ様になって。



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