さよならの魔法



特別な呼び名は、親しさの表れ。


彼女は手に入れた。

私が望んでも辿り着けないその位置を、増渕さんは容易く手に入れた。



「茜、何か用か?」


紺野くんがそう言って、振り向く。

彼女の名を呼んで、微笑む。


紺野くんは、もう彼女のことを増渕とは呼ばない。

他の女の子と同じ様に、名字で呼ぶことはない。



紺野くんと増渕さん。

2人のことは、すぐにクラス中に知れ渡った。


紺野くんと増渕さんが付き合い始めた。

増渕さんが告白をして、それを紺野くんが受け入れた。


衝撃の事実は、友達のいない私の耳にまで噂として届いたのだ。





(忘れたいのに、どうして………。)


忘れたい。

忘れたいのに、忘れられない。


忘れさせてくれない。



2人を見るのがつらくて、教室にいる時間が減った。


ちょうど良かった。

これで、磯崎さんからも離れられる。


いじめからも、少しの時間だけ解放されるのだから。



安らぎの場所が消えていく。

居場所が、どんどんなくなっていく。


正直に言うと、私は夏休みに入ってくれてホッとしたんだ。



紺野くんの顔を見なくて済むから。

増渕さんの顔を見なくて済むから。


2人が一緒にいるところを、見る時間が減ったから。



夏休みに入ってからは、無我夢中で本を読んだ。

本の世界に逃げ込んだ。


現実の世界は、私に厳しい。


この現実を忘れさせてくれるのなら、何でも良かった。



でも、結局、私に逃げられはしない。

自分を取り囲む現実から逃げることなど、出来やしない。


何をしていたって、思い出してしまうのだ。



紺野くんのこと。

紺野くんと、増渕さんのこと。


何をしていても、何を考えていても、私が最終的に行き着く場所はそこなのだ。



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