偽りの婚約者
「安西さん」
肩に手が置かれビクッとなり拒否しようと体を捻って一歩後ろに下がった。
「後悔してるよ……東條と出逢う前に気づいていれば……」
主任は後ろに下がった分、更に一歩近付いて来た。
「主任、やめて下さい」
怖い……。
目の前にいる人は私の知っている主任じゃない。
両手首を掴まれて振りほどこうと身を捩ったけど主任の方がはるかに力が強く振りほどく事は出来なかった。
やだっ、怖い。
いつもの主任じゃない。
誰か助けて……東條さん……助けて東條さん―――――。
「……なんて顔してんだ……そんなに東條の事がいいのか……」
両手首を拘束していた力が緩み、とっさに主任の胸の辺りを思いっきり両手で押した。
「わぁっ!!」
私の行動を予想していなかったのか主任はバランスを崩して後ろに倒れた。
ものすごい音がしたけど振り返れずにバッグを掴み走ってその場を逃げ出した。
エレベーターを待っている間にもし主任が追いかけてきたらそう思って後ろを振り向いたけど。
主任は追いかけて来ては来なかった。
会社を出てもう一度後ろを振り向いて確認して主任の姿はない事にほっとした。