R∃SOLUTION
立ち止まった先には、灰色の壁に囲まれた森があった。
機械化に伴い消えて行った森林は、このような形で厳重に管理されている。中にいる生物は、万が一にも人間に危害を加えない小型の草食獣のみで、肉食獣は一匹たりとも存在しない。
厳重なセキュリティの抜け道は既に見つけた。周囲に誰もいないことを再度確認して、リヒトは詠唱を開始する。
流れる言葉が自分を取り囲むにつれ、自分の体が軽くなっていく。昔から人より運動の苦手だった彼にとって、肉体強化の魔術は体育の授業の頼れる味方だった。この世界においては稀有な、魔術の才能があってこそ出来る荒業である。
センサーにもかからない木の頂点から飛び降りて、長く伸ばした赤茶の髪が引っかかっていないことを確認する。安堵の溜息と同時に体中を巡る魔力の供給をやめ、彼は歩き出した。
新緑の匂いに囲まれながら彼が目指すのは、この管理された森林の中心にある、たった一本の大樹である。
その木に触れれば異世界に行ける――と、当時もっぱらの噂だったものだ。しかし、閉ざされたこの森林管理区域に許可なく入り込むのは至難の業であったし、許可を得たとしても植物に触れることは禁止されている。
最初からデマだと一笑に付した者も、泣く泣く諦めた者も、無理に入り込もうとした者も――結局、誰一人として大樹に触れることはかなわなかった。
幼少時のリヒトも同じだった。ようやく発見したそれに触れようとした瞬間に、親によって引き戻されてしまったのである。
既に風化した噂ではあるが、彼は忘れていない。二十歳になったら――すなわち、大人になったらもう一度ここに来ると誓ったのだ。
「マジで行けたらどうすっかなあ」
独り呟いて、小さい頃は長かった道のりを歩く。そうは言っても、管理区域はそう広くない。
今の歩幅であれば一時間もかからない位置に、それはあった。
右手をかざし、一応ながら魔力を流し込む。自分が破壊魔術に長けていないことをよく知っている彼は、自分がどんなに頑張っても木を切り倒すことなど出来ないことも理解していた。
「異次元の扉さん、開いてくんねえ?」
笑いながらそう言って、彼がそっと木肌に指先を滑らせたときである。
凄まじい魔力が跳ね返ってきた。成人男性といえど、強化の魔術を解いた身にはひとたまりもない。なすすべなく吹き飛ばされた彼は、後方にあった木に頭を打ち付けて、思わず顔をしかめた。
起き上がろうにも視界が覚束ない。ぶれる大樹が光ったような気がした。思わず手を伸ばしながら、彼は安易な自分の行動を後悔して、その目を閉じたのであった。
機械化に伴い消えて行った森林は、このような形で厳重に管理されている。中にいる生物は、万が一にも人間に危害を加えない小型の草食獣のみで、肉食獣は一匹たりとも存在しない。
厳重なセキュリティの抜け道は既に見つけた。周囲に誰もいないことを再度確認して、リヒトは詠唱を開始する。
流れる言葉が自分を取り囲むにつれ、自分の体が軽くなっていく。昔から人より運動の苦手だった彼にとって、肉体強化の魔術は体育の授業の頼れる味方だった。この世界においては稀有な、魔術の才能があってこそ出来る荒業である。
センサーにもかからない木の頂点から飛び降りて、長く伸ばした赤茶の髪が引っかかっていないことを確認する。安堵の溜息と同時に体中を巡る魔力の供給をやめ、彼は歩き出した。
新緑の匂いに囲まれながら彼が目指すのは、この管理された森林の中心にある、たった一本の大樹である。
その木に触れれば異世界に行ける――と、当時もっぱらの噂だったものだ。しかし、閉ざされたこの森林管理区域に許可なく入り込むのは至難の業であったし、許可を得たとしても植物に触れることは禁止されている。
最初からデマだと一笑に付した者も、泣く泣く諦めた者も、無理に入り込もうとした者も――結局、誰一人として大樹に触れることはかなわなかった。
幼少時のリヒトも同じだった。ようやく発見したそれに触れようとした瞬間に、親によって引き戻されてしまったのである。
既に風化した噂ではあるが、彼は忘れていない。二十歳になったら――すなわち、大人になったらもう一度ここに来ると誓ったのだ。
「マジで行けたらどうすっかなあ」
独り呟いて、小さい頃は長かった道のりを歩く。そうは言っても、管理区域はそう広くない。
今の歩幅であれば一時間もかからない位置に、それはあった。
右手をかざし、一応ながら魔力を流し込む。自分が破壊魔術に長けていないことをよく知っている彼は、自分がどんなに頑張っても木を切り倒すことなど出来ないことも理解していた。
「異次元の扉さん、開いてくんねえ?」
笑いながらそう言って、彼がそっと木肌に指先を滑らせたときである。
凄まじい魔力が跳ね返ってきた。成人男性といえど、強化の魔術を解いた身にはひとたまりもない。なすすべなく吹き飛ばされた彼は、後方にあった木に頭を打ち付けて、思わず顔をしかめた。
起き上がろうにも視界が覚束ない。ぶれる大樹が光ったような気がした。思わず手を伸ばしながら、彼は安易な自分の行動を後悔して、その目を閉じたのであった。