R∃SOLUTION
呆然と目を見開いたリヒトに、フィルギアは小首を傾げた。
「どうしたよ。あたし、変なことでも言ったか?」
「いや、その――すっげえ失礼なこと聞いてもいいか?」
何でも聞けよと笑う彼――否、彼女を再度見つめる。どこをどう見ても少年である。
やはり先ほどの言葉が信じられない。男であるがその一人称を使っている、ということもあるだろうと一人納得して、彼は重い口を開いた。
「お前って、女?」
数秒、目を見張ったまま硬直していたフィルギアは、突如として大笑した。目に涙を浮かべてひきつれた笑い声を上げる彼女に、リヒトの困惑の目が向けられるのも、至極当然の話である。
「そうだよ、女だよ! そんな神妙な顔してんなっつうの!」
リヒトは顔を引きつらせる。
果たして、それでいいのであろうか。
少女の方は涙をぬぐいながら腹を抱えた。大きく息を吐いてから彼に向き直り、彼の手を握る。そのまま彼を引きずるようにして歩き出した彼女の口許に、八重歯がちらりと覗いた。
「あんた、多分訳分かってねえだろうけど、もうしばらく我慢してくれ。あたしたちの住んでる王国についたら説明する。ここじゃろくに落ち着けもしねえしな」
「一応説明はあるんだな。訳分かんねえのは本当だし、あるなら良いんだけどさ」
「そりゃ、あるぜ。只、その前に合流しなきゃなんねえ奴がいるんだ」
そう言った彼女の横に並んで、リヒトは首を傾げた。
合流しなくてはならない相手と別れて、フィルギアは何をしていたのか。
リヒトを探していたにしては先程の、寝ていたという発言が引っかかるし、それにしては彼を見つけた時の喜びようが気になる。
踏みなれない土の感覚を足の裏に感じながら、上機嫌に歩く少女を見下ろした。その視線に敏感に反応して、彼女は笑顔のまま、小さく声を上げる。
仕草は非常に可愛らしいというのに、彼はどうしても、その逆立った髪と起伏のない体に目を遣ってしまう。
どう頑張っても、少年か、あるいは年端のいかないじゃじゃ馬少女にしか見えない。
これが同年代の少女だったなら――と心の中で嘆きながら、彼は声を発した。
「フィルギアは何してたんだ? あんなとこで」
「寝てた。木の上で。そしたら突然揺れて落ちてさあ。危なかったんだぜ? もうちょっとで背中打つとこだった」
「ああ、そっか」
予想の斜め上を行く返答だった。
言葉を失った彼に気付くこともなく、彼女は歩みを進めていく。
「あ、でも、あんたを探してたのはマジ。ちょっとした休憩って奴だな」
とってつけたような弁解をそれ以上問いただす気にもなれず、彼は曖昧に苦笑するにとどまった。彼自身も様々な名目で仕事を怠けようとしていたし、彼女の気持ちはわからないでもない。
それ以降、特に意味があるでもない会話をしながら、彼女の言う合流しなくてはならない相手の元に向かった。
話によれば腕の立つ騎士で、リヒトを探すために駆り出されたそうだ。
「ヴィックはとっつきにくい奴だけどさ、別に冷たいって訳じゃねえんだ」
そう朗々と語るフィルギアは至極嬉しそうで、リヒトはヴィックと呼ばれる騎士が、彼女と相当親密な関係にあるのだろうと推測した。
本名が何であれ、そのあだ名の響きは男性のそれである。
よもやこの少年じみた少女と恋仲にあるのではあるまいか、と想像の糸を張り巡らした彼は、それ故にフィルギアの言葉に反応できなかった。
「青年? 何ぼさっとしてんだ?」
「あ、あー――ちょっと色々、これからどうすっかとか考えててさ」
乾いた笑いは嘘ではない。この世界での彼には仕事どころか身寄りさえなく、財布の金も恐らく使い物にならないだろう。精々、別世界の不思議な土産がいいところだ。
こちらの世界で札束を自慢げにぶら下げたところで、紙切れを誇る不審人物の評が下されるのは確実である。
フィルギアの不審げな眼差しは一応の納得をしたようで、彼から空へと向けられた。
「で、何だって?」
気を取り直した彼の問いに、彼女は軽く笑って見せる。
「だから、そろそろヴィックが来るっつってんの」
「そんなの分かるのかよ」
「まあなー。すぐダッシュしてくるぜ。『フィーア! お前という奴は全く――どこに行っているのかと思えば!』なーんて怒鳴りながら」
けらけらと笑って、少女は青年を見上げた。
好戦的な赤い瞳を輝かせる彼女は、何なら賭けてもいいぜと言って人差し指を持ち上げる。
賭けるとは言っても何をどうする気なのか、それよりも先程知り合ったばかりの人間に対して賭博を持ちかけるとは何事か、と彼が咎めるより早く、前方に人影が見えた。
「どうしたよ。あたし、変なことでも言ったか?」
「いや、その――すっげえ失礼なこと聞いてもいいか?」
何でも聞けよと笑う彼――否、彼女を再度見つめる。どこをどう見ても少年である。
やはり先ほどの言葉が信じられない。男であるがその一人称を使っている、ということもあるだろうと一人納得して、彼は重い口を開いた。
「お前って、女?」
数秒、目を見張ったまま硬直していたフィルギアは、突如として大笑した。目に涙を浮かべてひきつれた笑い声を上げる彼女に、リヒトの困惑の目が向けられるのも、至極当然の話である。
「そうだよ、女だよ! そんな神妙な顔してんなっつうの!」
リヒトは顔を引きつらせる。
果たして、それでいいのであろうか。
少女の方は涙をぬぐいながら腹を抱えた。大きく息を吐いてから彼に向き直り、彼の手を握る。そのまま彼を引きずるようにして歩き出した彼女の口許に、八重歯がちらりと覗いた。
「あんた、多分訳分かってねえだろうけど、もうしばらく我慢してくれ。あたしたちの住んでる王国についたら説明する。ここじゃろくに落ち着けもしねえしな」
「一応説明はあるんだな。訳分かんねえのは本当だし、あるなら良いんだけどさ」
「そりゃ、あるぜ。只、その前に合流しなきゃなんねえ奴がいるんだ」
そう言った彼女の横に並んで、リヒトは首を傾げた。
合流しなくてはならない相手と別れて、フィルギアは何をしていたのか。
リヒトを探していたにしては先程の、寝ていたという発言が引っかかるし、それにしては彼を見つけた時の喜びようが気になる。
踏みなれない土の感覚を足の裏に感じながら、上機嫌に歩く少女を見下ろした。その視線に敏感に反応して、彼女は笑顔のまま、小さく声を上げる。
仕草は非常に可愛らしいというのに、彼はどうしても、その逆立った髪と起伏のない体に目を遣ってしまう。
どう頑張っても、少年か、あるいは年端のいかないじゃじゃ馬少女にしか見えない。
これが同年代の少女だったなら――と心の中で嘆きながら、彼は声を発した。
「フィルギアは何してたんだ? あんなとこで」
「寝てた。木の上で。そしたら突然揺れて落ちてさあ。危なかったんだぜ? もうちょっとで背中打つとこだった」
「ああ、そっか」
予想の斜め上を行く返答だった。
言葉を失った彼に気付くこともなく、彼女は歩みを進めていく。
「あ、でも、あんたを探してたのはマジ。ちょっとした休憩って奴だな」
とってつけたような弁解をそれ以上問いただす気にもなれず、彼は曖昧に苦笑するにとどまった。彼自身も様々な名目で仕事を怠けようとしていたし、彼女の気持ちはわからないでもない。
それ以降、特に意味があるでもない会話をしながら、彼女の言う合流しなくてはならない相手の元に向かった。
話によれば腕の立つ騎士で、リヒトを探すために駆り出されたそうだ。
「ヴィックはとっつきにくい奴だけどさ、別に冷たいって訳じゃねえんだ」
そう朗々と語るフィルギアは至極嬉しそうで、リヒトはヴィックと呼ばれる騎士が、彼女と相当親密な関係にあるのだろうと推測した。
本名が何であれ、そのあだ名の響きは男性のそれである。
よもやこの少年じみた少女と恋仲にあるのではあるまいか、と想像の糸を張り巡らした彼は、それ故にフィルギアの言葉に反応できなかった。
「青年? 何ぼさっとしてんだ?」
「あ、あー――ちょっと色々、これからどうすっかとか考えててさ」
乾いた笑いは嘘ではない。この世界での彼には仕事どころか身寄りさえなく、財布の金も恐らく使い物にならないだろう。精々、別世界の不思議な土産がいいところだ。
こちらの世界で札束を自慢げにぶら下げたところで、紙切れを誇る不審人物の評が下されるのは確実である。
フィルギアの不審げな眼差しは一応の納得をしたようで、彼から空へと向けられた。
「で、何だって?」
気を取り直した彼の問いに、彼女は軽く笑って見せる。
「だから、そろそろヴィックが来るっつってんの」
「そんなの分かるのかよ」
「まあなー。すぐダッシュしてくるぜ。『フィーア! お前という奴は全く――どこに行っているのかと思えば!』なーんて怒鳴りながら」
けらけらと笑って、少女は青年を見上げた。
好戦的な赤い瞳を輝かせる彼女は、何なら賭けてもいいぜと言って人差し指を持ち上げる。
賭けるとは言っても何をどうする気なのか、それよりも先程知り合ったばかりの人間に対して賭博を持ちかけるとは何事か、と彼が咎めるより早く、前方に人影が見えた。