R∃SOLUTION
 近づいてくるにつれ、その影が重厚な鎧を纏っていることが明らかになる。次いで彼の目に映ったのは、流れるような銀髪である。

 その容姿に彼が見惚れるのも、必然と言えよう。

 氷のような鋭さを孕んだ切れ長の青い双眸と、それを強調する白銀の髪。見るからに重そうな鉄鎧をものともしない身のこなし。近づくだけで周囲を張りつめさせるような凛とした空気は刃に似ている。彼の肩ほどまである、女性にしては高めの身長も、その雰囲気と相まって彼女を引き立てる要素の一つとなっている。

 中性的な顔立ちの、紛うことなき美女であった。

 彼女はリヒトの一歩前に立つフィルギアを睨んで、しばし眉根を寄せていた。そして彼女の赤い瞳を見据えながら、聞き覚えのある台詞でもって怒鳴り飛ばしたのである。 

「フィーア! お前という奴は全く――どこに行っているのかと思えば!」

 ちらりと振り返ったフィルギアが、リヒトに向けて、だろ、と口を動かした。彼の方はといえば、一字一句違わないその言葉に声も出ない。

 ふと、鋭い視線が彼を捉えた。警戒の色を濃くしながら、女は問う。「そちらは?」

「例の捜し人だよ、ヴィック。見つけてやった。な?」

 自分が例の捜し人であることを、彼は先程から聞いていた。

 大きく何度も頷いて、恐る恐る女を窺う。目を見開いた彼女は、困惑したように表情を歪めてから、彼の視界から姿を消した。

 思わず息を呑んだ彼はそっと視線を下に向ける。

 果たして、彼女はそこにいた。

 彼の前に跪き、心の底から悔いるように、恭しく頭を垂れていたのである。

「先程の態度、無礼千万なことと、謹んでお詫びを申しあげます」

 今まで一度も使われたことのないような言葉である。

 もごもごと口ごもりながら、いや別にと辛うじて声を上げ、リヒトは視線をそらす。

「私の名はヴィルクス・エルメロッテ。近隣のリタール王国にて、王族親衛騎士団の近衛騎士を務めております」

「あー、と、リヒト・エーヴェルシュタインです」

 どうにも落ち着かなかった。平凡な家庭に生まれ、平凡に育った彼には、はっきりとした敬意は縁遠きものだった。確かに教養学校では敬語を教わったし、教師や上司に対して使わないわけではない。

 しかし、あくまでも丁寧語の範囲での話であって、絶対的な服従を伴うようなそれではないのだ。

 視線を中空に彷徨わせ、居心地悪そうに軽く体の重心を変える彼に、ヴィルクスと名乗った女の態度は変わらない。

「突然のことで、困惑なさっていることと思います。しかし、大変申し訳ございませんが、この場でお話しするには少々長くなります故――」

「王国ですよね? 行きます、行きますんで、はい」

 彼も限界だった。

 幾度も頷き、フィルギアに視線を遣りながら言葉を遮るリヒトを見遣り、ヴィルクスは気分を害した風でもなく立ち上がった。「それでは、こちらへ」

 その後を追いながら、リヒトは彼女の背を見詰める。一歩歩くたびに重々しい音を立てる甲冑の銀色が目にまぶしい。

 なるほど、フィルギアの言う通り、冷徹な人間という訳ではないらしい。

 ただ、その他人を委縮させる雰囲気は、彼にとっても恐ろしいものであった。

 視線に気付いたのかふと振り返った彼女の双眸は、鋭い光を失ってはいない。

「何かございましたか?」

「いや、そういうことじゃないんです。すいません」

「そうでしたか。御用があればお声掛けください」

 一礼をして歩き出す。背筋の伸びたその後ろ姿は、リヒトの目には男のようにさえ映った。騎士という職を、それもあの甲冑では恐らく前衛を選んでいるのだから、しおらしさなど持ち合わせる余裕はないのかもしれない、と何とはなしに納得する。

 そこで、先程から黙り続けている少女を見た。

 目が合う。

 小首を傾げる動作に見える可愛らしさは、年頃の娘のそれではないように思える。どちらかといえば、幼児に抱くものに近い愛らしさだった。視線だけで意図を催促してくる少女に、リヒトは問う。

「何つうか――仲良いのか?」

「そりゃあ、もう。そうでもなきゃあんな口利かねえって。な、ヴィック」

 女は少女を一瞥した。口許に携えた僅かな微笑が、ヴィルクスがリヒトに見せた、初めての表情らしい表情だった。
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