スイート・プロポーズ
「いえ、結構です」

 円花が断ると、史誓は1番安い缶コーヒーのボタンを押す。専務でも、自販機の安い缶コーヒーを飲むのか……。

「その暗い顔の原因は、海外転勤かな?」

「……それは、その……」

 迷った時点で、“そうです”と言っているようなものだ。円花の歯切れの悪さに、史誓は笑う。

「優志は断るつもりでいるよ」

「……どうしてですか? 出世コースだって聞きましたけど」

 コーヒーを啜る史誓がまた笑って、円花を指差す。

「君のためだよ。元々、君とうまくいけばこの話は流れる予定だった」

 自販機の近くにある長椅子に座った瞬間、史誓はお釣りを取り忘れた事を思い出した。慌てて400円を回収し、長椅子へ座り直す。

「そうなんですか?」

「あぁ。うまくいかなった場合、君が気まずい思いをする。そう思ったから、海外転勤を保険にしやがった。いい根性してるよな」

 思わず、本音が出てしまった。専務らしからぬ口調だが、これが本来の彼なのだろう。
 しかし、円花にはそんな事どうでもいい。

(私のため……?)

 海外転勤を断るのは、円花の側にいるため。
 そして、春ーー海外転勤を受けるのは円花が気まずい思いをしないため。

「ベタ惚れだね〜」

「…………」

 今になって、自分の行動の浅はかさを思い知る。夏目の真意なんて気づかぬまま、あの日、彼を追い出した。
 もっと冷静になって、話を聞けば良かったのに。

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