殉愛・アンビバレンス【もう一つの二重人格三重唱】
 誰の目にも子供に写る翼の遺体。

でも陽子は、その熱い心を感じとっていた。


翔の体を借りて陽子を愛し守り抜く。

それでも自分の体は愛しい母を追い求める。
悲しい翼がいた。




 『ねえ翼、賽の河原って知ってる?』


『名前だけなら……』


『私も良く知らないんだけどね。亡くなった子供達が賽の河原で親を思いながら石を積むと、鬼が出て来て壊すんだって。その子供達を守っているのが地蔵菩薩なんだって』


その話を聞いて一心不乱に祈りを捧げた翼。

陽子はふいにあの場面を思い出した。


(翼は子供の時に亡くなっていた。だから地蔵菩薩に救いを求めたのだろうか? だからあの涅槃像……。翼の心が泣いたのは、自分も守られたかったからなのだろうか?)


陽子は翼の精神を受け入れた、本当は優しい翔に感謝していた。


翼は柿の実事件の時気を失い、母の手により死に追いやられていたのだった。




 でも翔は自分が隠した翼のその後を知らない。
その時翔は母のために翼を演じていた。
だから気付かなかったのだ。




 翔に憑依した翼。
でも翔はそれに気付かない。


翔は翼を演じていたから、居なくなったことをかえって助かったと思っていたのだった。



最初は意識的だった。
でも翔は次第に翼になっていた。

姿見に映った翔を自分だと勘違いした翼の魂が、翔の精神を奪ってしまったからだった。

そして薫は、自分のための演技ではないことに気付く。

だから翼を恨んだのだった。
だから尚更キツく当たったのだった。


でもそれすら忘れて、翔は翼として生きてしまったのだった。




 翼の魂をそれとは知らず受け入れてしまった翔。

そんな息子を心配した薫は一計を講じた。

翔を私立学校に入学させたのだった。

公立では不登校児が騒がれていた。
その対策としてのフリースクールも沢山出来ていた。

翼がそうだとしても問題は無い。

薫はそう考えていたのだった。


でも翔は翼になった。

翼のままで生きていた。
まるで、薫をあざ笑うかのように……


翼は自分の意思で市内の高等学校に通い、常にトップクラスの優等生になったのだった。


翔は本当は何処にも通っていなかった。
翔は翼になりきっていたから、通学出来なかったのだ。


時々自分を取り戻し……それでもすぐに翼となってしまう翔。


だから尚更翼を恨んだのだった。




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