殉愛・アンビバレンス【もう一つの二重人格三重唱】
 「この子が翼だって!?」
事件を聞いて駆け込んで来た忍が叫んだ。


「私達の家にいた翼は一体誰だったの!?」
純子も嘆いていた。


「翔さんだったみたい」
節子はやっとそれだけ言った。


節子は匂いを感じていた。
あの日、一人で訪ねて来てくれたのが翔ではなかったことを。

翼を演じた翔であっても、節子には翼だったのだ。


「陽子。此処は私達に任せて摩耶さんの所へ行ってあげて……。何かが判るかも知れないから」

純子が諭すように言った。




 節子は陽子をパトカーまで送り届けた後で又現場へとやって来た。
何も知らずに狼狽える娘夫婦に、現実を伝えなければいけないと思ったからだった。


とは言っても節子自信も半信半疑のままだったのだけど……


節子には本当に解らなかった。
気付かなかった。
翼と翔が……
それは同じ……
翔が翼と同じ匂いだったから……




 (当たり前か。翔さんが、翼さんを演じていたんだから)
そう思う。


(違う!! 翼さんは翼さんよ。翔さんであるはずがない)
でも、本音は……
そう、二人が同一の体を支配するために戦っていた事実を黙認するしかなかったのだ。


一途に翼を愛してた。
もしかしたら娘の陽子と純子より深く……
息子より大胆に……


節子は本気で翼を婿に迎えるつもりだったのだ。




 勝から聞いて想像していた。
母親から愛されない翼と言う存在を。
だから余計に惚れ込んだのかも知れない。
だから可愛くて、可哀想でならなかったのだ。




 「そう言えば、翼さんと翔さんが二人で居るところを見たことがなかったわ」


「翔が狂うはすだ。薫姉さんのために頑張ったんだから……、翔、偉かったな」

忍はそう言いながら、傍の白骨化した遺体を見つめた。


「これが、行方不明になっていた香姉さん?」

そう呟いた後、忍はあの柿の実事件を思い出していた。


『お父さん何てこと言うの。翔がやるわけないじゃないの。翼よ。翼に決まってる!翼、翔に謝りなさい!』
薫の手が翼の襟を掴む。

翼は抵抗する。


その瞬間。
薫の手が外れ、バランスを崩した翼は後頭部を石にぶつけた。


(そうか!? あの時翼は死んでしまっていたのか? だから翔は……)

忍は翔が全てを背負ったのだと思った。


「陽子の話だと、この骨は薫さんのらしいわ」


「えっ!?」


「香さんも、薫さんを演じていたみたいよ」
節子は辛そうに言った。


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