殉愛・アンビバレンス【もう一つの二重人格三重唱】
 「忍さん、一つ聞いても構わない? 白いチューリップのことを翼さんが気にしていたらしいから」


「白いチューリップ? あぁ確か親父も気にしていたな……」

「ねぇ、忍さん。それは香さんが好きな花でしたわね。薫さんは何がお好きだったのですか?」


「親父から聞いたことがあります。薫姉さんは確か忍冬だったかな? 俺が忍だから尚更らしいです」


「忍冬? そうよね。あの花は一ヵ所に二つ咲くからね」

節子はそう言いながら、初夏に甘い香りを放つその花を思い浮かべていた。




 忍冬……スイカヅラともニントウとも言う。
四月の終わる頃蔦の先端に二つ蕾が出来、それが長く伸びて花になる。

友愛や絆の証しとして、薫はこの花が好きだったようだ


それは薫が双子だったからだと節子は思った。
薫と香は、勝自慢の仲良し姉妹だったのだ。


 「あっ、あれは……」

何気に薫の遺体の先を見て節子は驚いた。
そこには、忍冬が一面に蔓延っていたからだ。


(香さん。その優しさを翼さんにも与えてほしかった……。何もこんな姿で放置しなくても……)

香が翼の遺体を此処に遺棄することは出来ないことは百も承知だ。
それでも、翼をこんな姿に変えた張本人だと思っていたのだった。


節子は強烈な臭いを翼が生きてきた証しだと感じて、その場から動けずにいた。
出来ることなら、この胸に抱き上げてやりたいと思っていたのだ。



 全てが翔の妄想、錯覚、幻覚だった。

翔は翼として覚醒していたのだ。


その事実を薫は知っていた。
だから疎ましかったのだ。
死して尚苦しめる翼と言う存在が。


だから、翔を……


翼として生きていない時の翔を溺愛したのだった。


もう二度も翼に戻ってほしくないと願いながら。


忍は、健気に生きた翔を迎えに行かなければならないと思った。

それでも、小さな翼を見守りたいとも思っていた。




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