殉愛・アンビバレンス【もう一つの二重人格三重唱】
 でもきっと翔は……
翼の存在した事実まで消そうとしていた。
苦しみから逃れるために……

母ではない。
もう一人の人格が翼を殺した。

いや翼自体存在すらしていない。
そう思い込もうとしたのだろう。


出来るはずがないと解っていながら……

そして又翔の中に別な人格が生まれていく。

翼はその新たな人格によって、再び魂を翔の中に挿入する可能になったのだった。

翔に残った僅かな優しさによって。


死に赴く瞬間に取り戻せた人格。

翼は陽子の存在によって産まれて来た意味を知った。

だから翼は、母の手を取ることが出来だのだろう。

翔はきっと翼の魂を返したくて、母の傍に遺体を埋めてあげたのだろう。

忍はそう思うことにした。


全ては翔の優しさだったのだろうと……


翼の魂を憑依させたのがその証拠だと思うことにした。

憑依の果てに翔が見た物とは一体なんだったのだろうか?


忍はこの二人の生き様を胸の奥にぎざみつけた。

そして翼のように一途に純子を愛そうと思った。
この愛の全てをかけて……




 翼を忍に預けて、陽子は三峰ロープウェイ大輪駅に向かっていた。


(この子の父親は、きっと翔さんなのね。本当は優しい人だったのに……。いいえ違う。やはり翼よ。翼が父親よ)

陽子はまだ、現実を受け入れられない自分に心の中では気付いていた。




 初めて翔に会った合格発表の日。


(わー!! 初めて見たわ翔さん。みんなの言う通りそっくりね)

陽子が見ている事に気付いた翔は、鋭い眼孔を陽子に向けた。


――ゾクッ!!

陽子は背中に寒気を覚えていた。


(そうよ! あの人が翔さんよ! 悪いけど翼とは全然違う!)

陽子は本当は信じたくなかったのだ。

摩耶の夫の翔が翼である可能性が高い事実を。




 勝の病室で翼と過ごした付き添いのベッドの中から陽子は翼を見ていた。


翼から翔に戻った瞬間をそれとは知らずに目撃してしまったのだ。


『じっちゃん又来るね』
翼は確かにそう言った。


その時覚えた違和感。
それが現実のものになろうとは……
陽子はただただ震えていた。


(あれは翼ではなかったの? シャワールームでお互いの愛を確かめた翌日に翼では無くなっていたの?)

指で唇を触ると、あの日のキスがよみがえる。


『陽子が悪いんだ』
そう言いながら、優しくキスをされ陽子は翼に身を委ねた。




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