殉愛・アンビバレンス【もう一つの二重人格三重唱】
 翔は翼の遺体を探していた。
自分が殺したはずの分身を探し回ってていた。
そして冷凍庫で真空パックされている翼を見つけたのだ。


(きっと母がやったんだ)
翔はそう考えた。


その途端、現実に引き戻されたのではないのだろうか?
その遺体が子供だったからだ。


柿の実事件の後で、覆い被せた記憶がよみがえる。
二人はそれぞれが翼を殺したと思い込んだのだ。


臭いを漏らさないために薫の取った手段とは、布団用の圧縮袋で密封することだったのだ。

アイロンで口を塞ぐ方式から、スライド式に変わったので扱いが楽になったからだった。


翔は子供の頃、その中に入って遊んだ経験があった。

だから、薫が思い付いたのだろう。




 記憶が蘇った時……
翔は優しい男に戻っていたのだろうか?


もしかしたら翔が翼の手を母の手に……

でも翼は凍りついていたはず?

やはり翼は自ら手を伸ばしだのだろう。
やっと巡り会えた愛しい母の手に自分の手を添えるために。




 摩耶は遺体確認の為に、先に三峰神戸行きロープウェイ大輪駅跡地に行っていた。


摩耶は考えていた。

自分が愛したのは翔だったのだと。


遺体は一体誰なのだろう?


翔? それとも翼さん?


答えなど出るはずはない。


母親が双子で、父親が一緒なら、DNAだって一緒になるかも知れない。


翼と翔は紛れもなく、兄弟だったのだから。

異母兄弟だったのだから。

双子だと思っていた。
だから会ったことのない翼を色々と想像した。




 でもまさか……

翔が二人分を生きていたなんて思いもしなかった。

優しかった翔だから、きっと陽子さんにも優しかったはず……

そう思いながら摩耶は身を焦がした。
嫉妬やヤキモチとは違う。

それは陽子に対する同情と慈しみだった。

摩耶は陽子のことを、愛しいと思うようになっていたのだった。




 閉鎖された三峰神社行きロープウェイ大輪駅は撤去され、今はコンクリートの枠組みだけ残している。


摩耶は半狂乱の状態で翔と対面していた。

無理はなかった。昼の翼の遺体発見等で精神は混濁していた。

翼に支配され、自分を刺した翔。
それでも穏やかな表情だった。


「翔は本当は優しい人でした。だから翼さんの人格を受け入れてしまったのではないでしょうか」

翔の体の中に翼の魂が宿っていた。と言う信じがたい事実を警察から告げられ、摩耶はやっとそれだけ言った。



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