殉愛・アンビバレンス【もう一つの二重人格三重唱】
 生き急いだ翔。

愛する人を守るため戦った翼。

突っ走ってしまった二人の肉体と精神。

自分を見失い。忘我の末に辿り着いた境地。

子供の頃、翼の殺害現場を目撃してしまったという現実。

忘れるために……
母を守るために……
その魂を受け入れて、自ら翼を演じてしまった翔。

それは、失意の果てに辿り着いた翔の生き様だった。


でも……
翔自体忘れていたことがあった。

それは、あの柿の事件の後のことだった。


薫が手を離した時、翼は石に頭を打ち付けて死んでしまった。

その事実を……

翔は、薫が翼を殺した事実を封印してしまったのだった。

全ては母のために……翼が勝のために翔の身体を奪ったように、翔も母のためにその犯罪を無き物にしようとしていたのだった。


だから翔は、翼の魂を受け入れてしまったのだった。




 全ては母を殺人者にしないためだった。

だから翔は翼の遺体を隠したのだった。


勝の前で翼を演じる。

あの赤穂浪士の話を聴いていたのは翔だったのだ。

二人分の人生を生きて来なければいけなった翔。

その苦しみから逃れるために……
翔は知らず知らず多重人格になって行ったのだった。

主人格が翼だとも気付かずに、時々正気に戻る。

恨みつらみを言いたい。
でも翼は何処にも居ない。

気持ちだけが空回りする。

その果てに……
翔は自分の中に居る翼の人格に気付いたのだった。


そして翔は、翼が死んだ事実さえも封印してしまっていたことにやっと気付いたのだった。




 「分かります。でも翼さんだけではないと思います」
摩耶は震えながら翔を見つめた。


「優しかったり、激しかったり、翔は寂しかったんだと思います。だから受け入れてしまうのかな?」
摩耶は血潮の上で夜叉となった翔に抱かれたことを悪夢のように思い出していた。




 あの時摩耶は妊娠したばかりだった。
だから流産してしまうことを怖れたのだ。


摩耶は自分のお腹に手を当てて授かった生命が無事なことを確認しながら、この子を立派に育てようと強く思っていた。




 「お義父様もお義母様もきっと翔の体に。そうでいとあの激しさは」
摩耶は泣いていた。


でも摩耶に迷いはなかった。
たとえ誰に憑依されたとしても、翔は確かに自分を愛してくれた。
その真実を胸の奥に刻んだ。



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