溺愛トレード

 瀧澤さんは、もう一度実乃璃と徹平が走り去った方を見つめる。


「実は、実乃璃と過ごそうと思って部屋をおさえてしまっていて……」


 瀧澤さんは、少し恥ずかしそうに呟いた。


「たまたまスイートが空いていたので、実乃璃も喜んでくれるかと思ったんです」


 な、なんて切ない……

 あの馬鹿女、こんないい人に、こんな悲しそうな顔させるなんて……

 
「よかったら、一杯だけ付き合ってくれませんか? 実乃璃の言うことをきくなら、君は僕の彼女なわけだし」

 自棄になって笑う瀧澤さんに、いえけっこいです、なんて言えなくて「じゃあ一杯だけ」と頷いた。それに実乃璃の婚約者に多少なりとも興味はある。



「本当ですか? ああ、よかった。じゃあ、乃亜さんとお呼びしてもいいですか? 違うな、彼女なら……乃亜」


 瀧澤さんの威力がありすぎる囁きに、その場で崩れ落ちそうになる。


 実乃璃も実乃璃だけど、なんなのこの男?


 ヤバいかもしれない。


 これは、トレードだ。いつもの実乃璃の一時のワガママで、瀧澤さんは実乃璃の婚約者。

 私には徹平っていう彼氏がいる。


「行こうか」


 瀧澤さんに手を引かれて指と指を絡めあわせると、この人の彼女…………悪くないなぁ、なんて考えてしまった。

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