真夜中に口笛が聞こえる
 ──事件のあった年。某市某町×ー××、新興住宅地。午前二時。

 高崎信一郎と美咲の夫婦は、声を殺し、しゃがみ込んで、お互いに顔をこわばらせていた。

「美佳は?」

「二階の自分の部屋で、ぐっすりと眠っているわ」

「そうか……」

 信一郎は大きく息を吸い込み、そして静かに吐いた。

「美咲、聞こえるかい。公園からだよ。あの口笛」

 二人とも知らない曲だった。

 楽しげでリズミカル。そして、自在に変化する空気の抜ける音色。


「聞こえるわ。今、真夜中よ」

 そうなのだ。
 今は午前二時。時計を見ればすぐに分かる。

 普通の人間なら、とっくに寝静まっている時間だった。

「戸締まりはしてる?」

「大丈夫。寝る前に確認したから」

「こっち向いているのかな」

「そんなこと、分からないわよ」

 美咲は少しイラついた風に答えた。

「小窓から覗いてみるよ。ほんの少しぐらいなら、気付かれないと思う」

 居間の小窓は上下スライド式だった。静かに、注意深く開けると、口笛の音量が上がる。

 その隙間から、ひんやりとした風が入ってきた。

 すぐ隣は公園なのだ。信一郎は可能な限り、そこから目を走らせる。
 しかし、月明かりに照らされた公園に、人影はなかった。
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