真夜中に口笛が聞こえる
 ──お母さんは朝早くから取材に行って来ます。

 朝ごはんは、ガラス棚に食パンがあります。トースターで焼いて下さい。

 ゆで卵を作っておきましたので、食べて下さい。

 それから、帰りは遅くなるかもしれないので、冷蔵庫の中にチャーハンを入れてあります。ラップをしてありますから、そのままレンジで温めて食べて下さい。
 インスタントのワカメスープもあります。
 もしサラダが欲しければ、冷蔵庫の野菜室にレタスがあります。少しですが、切ったリンゴがタッパーに入っています。


 そこで、一旦、静江の持つペンが止まる。そして、再び走らせる。

 ──ところで、今日はゆかりちゃんの誕生日だよね。

 お母さんはお仕事に行くけど、帰ったら二人でお祝いをしようね。

 ちゃんとケーキを買ってきます。

 楽しみに待っていて下さい。


 それでは今日一日、気を付けて、元気に学校に行ってらっしゃい。

 見送り出来なくて、本当にゴメンね。


 お母さんより。



 ゆかりの父親は、去年の暮れに自動車事故で亡くなった。
 結婚はしなかった。それが二人のスタイルだった。だから生活が苦しくても、親戚から表だった援助はない。結果的に、娘に余計な苦労を掛けることになった。

 静江はそんなことも隠さず、娘に打ち明けている。
 現実を受け止め、二人は、とにかく支えあって生きてきた。

 ゆかりは静江の拠であり、生活のため、こうして働きに出られるのも、娘が辛抱してくれているからなのだ。

 最後の方の文字が、かすれてしまった。ついこの間に買ってきたペンも、もう使えなくなった。

「ごめんね」

 静かに席を立つと、玄関へと向かう。

「行って来ます」

 静江はまだ娘が寝ている部屋に向かって、小さく声を掛けた。

 この時が娘との最後の別れとなる事を、静江が知る筈もなかった。
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