真夜中に口笛が聞こえる
◇第十二章 守るべきもの
「高崎さん、大丈夫ですよ」

 薬品に囲まれた診察室で、背広の上に白衣を纏った研究主任、越石誉(こしいしほまれ)が身を乗り出し、信一郎を諭す。

「お薬をちゃんと飲んでますか? きちんと飲んで頂ければ、心配はありませんよ」

 痩せこけて白髪混じりの越石は、ボールペンの背中で信一郎を指し、小さな目を向け、口元を緩ませる。

「すみません。薬を続けていてずっと体の調子が悪かったものですから、今週は飲んでなかったんです」

「飲んでいらっしゃらない?」

 越石のペンが止まる。

 越石は見た目以上に若かった。まだ、三十手前なのだが、秀才の名を欲しいままに国の研究機関に身を置き、そして、この仕事が回ってきたのである。

「はい」

 信一郎は恐る恐る答える。

 越石は机に片肘を付いて、カルテに書き込んで行く。

「フウム。ええっと、今週からと言いますと、薬を断ってから三日目ですね」

「ええ、そうです」

 信一郎の体から汗が吹き出た。シャツの背中が透ける。

「入院、お願い出来ますか?」

「入院、ですか」

「そうです」

 ペンを止め、越石が向き直る。

「一刻も早い、治療が必要なのです」

 信一郎は額に手を当て、こめかみから頭蓋骨を掴む。越石の直線的なもの言いが、余計に不安を掻き立てる。

「分かりました」

 信一郎は静かに答えた。
< 81 / 96 >

この作品をシェア

pagetop