真夜中に口笛が聞こえる
「ところで、先生。今朝、このような記事を見付けたのですが……」

 信一郎は足元に置いてある焦茶色の革鞄から、細く折り曲げられた朝刊を取り出す。見出しは、金山静江の安否だった。

 越石は鼻から空気を出しながら言う。

「私は研究員なんですよ。政治に興味はありません」

「政治って」

「貴方のお住まいの警護が解かれるそうですよ。いや、もう解かれてますかね」

「警護……。どういうことです? 家族に、危険が迫っていたのですか!」

 信一郎が身を乗り出すと、越石は机に体をぐいぐいと押し付けて引く。

「私は家族を守らなければならないんです。何か知っているのなら、教えて頂けませんか!」

 越石はペンを指先でクルクルと器用に回す。

「念のため、ですよ」

 顔を近付け、極めて冷静に答えた。

「白河民代さん、ご存知ですよね。彼女を収容していた施設が放火されまして、彼女は死亡したのです」

「民代さんが……」

 信一郎は愕然とした。民代は同じ苦しみを味わい、治療を行っているいわば象徴、同士のような存在だったのだ。

「半年前になりますかね。金山静江が犯人だと考え、国は行方を追っていたのです。そしてこの記事です。多分、連中がうまく処理したのでしょう」

「どうしてそんな事を。なぜ……」

「貴方は自分の体の心配をされた方がいい。入院の受け入れ体制は整っています」

 ペンで信一郎の左肩を指し示す。

「一度、家に戻ってもいいですか? 妻と話をしたいですし、色々と片付けないといけない事もありますので」

「わかりました。しかし、すぐに戻ってきて下さい。約束ですよ」

< 82 / 96 >

この作品をシェア

pagetop